元隷属の大魔導師 31
「……まさか」
「イヒッ………」
デルマーノは口の端を吊り上げるとアリアに唇を落とす。
その日、二人は繋がったまま三度、行為を重ねたのだった。
デルマーノが近衛騎士局へ入局してから一月が過ぎた。
依然、彼は局内での慇懃な態度は崩さず、数度の任務を除くと日がな一日、近衛魔導師隊詰め所で読書をしている。
アリアとの関係は良好で既に十数回、夜を共にしていた。
また、ローザの妹リーサの診療も週一で続いており回復の兆しが見え始めている。
そんな平凡ながら充実した毎日に変化が訪れた。
カルタラ同盟国家群の北東に隣接するターセル皇国が強国クレディアに攻め込まれたのである。
その一報が届いたのが昨日の昼。それから、王宮は上へ下への大騒ぎであった。
特に近衛騎士局内は言いようのない緊張が張りつめている。
と言うのも、ターセル皇国の現皇ゼノビスV世へシュナイツ女王セライナの実妹シンシアが嫁いでいるのであった。
つまりシュナイツ王国、王族の危機である。もし、兵を送るとしたら間違いなく近衛騎士が前線指揮を執ることになるだろう。
なので誰も口には出さないが、局員は皆、神経質になっているのだ。
ただ一人を除いては……
「……でね、そしたらエーデル隊長にさぁ………って二人とも聞いてる?」
時間帯の所為か人の疎らな近衛騎士局の食堂で喚いていた女騎士フローラはテーブルを挟んで座っている男女に反応を求める。
「………も、もちろん。聞いてたわよ?」
紅茶の入ったカップをスプーンで混ぜつつ、アリアは答えた。実は余り聞いていなかったため、少々どもってしまう。
チラリと横に座る魔導師、デルマーノを盗み見た。
「……私も聞いてますよ。フローラさんがエーデル隊長に稽古して頂いたんですよね?」
聞いていたのか、とアリアは驚く。彼はてっきり、目の前にある山盛りのクリームタルトと一心に格闘しているものだと思っていたからだ。
彼はクリームを口一杯に頬張っているにも関わらず、綺麗な発音をしている。
「そうなの。やっぱりシンシア様に援軍を派遣するとしたら私達、第一王女付きでしょ?」
「まぁ、女王付きの方々がセライナ様の御側を離れる訳にはいかないですからね……」
「うんうん。だから剣の稽古をお願いしたんだけど……少しは手加減して欲しいよ、もうっ…」
そのフレーズは何度目になるのだろう。
食堂で出会した時のを含めれば七度目、か。
「まぁ、気持ちは分からないこともないけども……」
「でしょ?だからエーデル隊長は未だに独身……」
「そっちじゃなくて……稽古の方よ」
確かに隊長の剣を持った時の恐ろしさも分かるが。
「かく言う私もさっきまでデルマーノに剣の相手をしてもらってたし……」
「えぇっ?」
「……な、何よぉ?」
フローラはアリアとデルマーノを交互に見比べる。
デルマーノはもりょもりょと口を動かしつつも、柔和な笑みを浮かべた。
「うっわ〜……鬼嫁」
「誰がよっ?失礼ね…」