PiPi's World 投稿小説

元隷属の大魔導師
官能リレー小説 - ファンタジー系

の最初へ
 299
 301
の最後へ

元隷属の大魔導師 301

遠目からでも皺が刻まれた男の顔に精気が戻ったのが確認できた。

「それでは、副長……」

精練せれた魔法媒体ではない緋色の触媒は与えられた魔力を受容できずに拳の中で自壊した。
粉みじんのそれを雪原に蒔くとロージーはもう一度だけ、と曇天を見上げた。

「『邪慳の』、ね。ふふっ……」

小さく笑みを零したロージーは攻撃目標である王都へ背を向けて歩きだした。




「――裁きの劫火よっ!」

「唸れ、海魔よ、滔々と、謳うように」

天井近くに出現した巨大な火球。
それはまるでもう一つ太陽が昇ったかのような熱気を放っていた。
高位の炎熱魔法『大火球』である。
その召喚主であるどことなく幸の薄そうな面長の青年――ヘルシオは対面する魔導師を睨みつけた。
金銀の刺繍の施された空色の魔導着、そして、衣装よりも濃い色の癖のある長髪が印象的な三十男である。
ウェンディ皇太子『群青の美将軍』アルザック・ドーズ・ウェンディ、その人だった。
カルタラ同盟国家群を代表する魔導将軍の一人である。
彼の口が紡ぐのは呪文というよりは詩と呼んだほうが適切かもしれない、そんな流麗な響きであった。

「っ!」

だが、そこでヘルシオは息を呑んだ。
その謳に呼応するようにアルザックの足元で閃光が走り、魔導式が刻まれていくのである。
式は、実に複雑なものであった。
けれども、その断片からヘルシオは水系統の、しかも、防御に属する魔法なのだと悟る。

「その触媒は海流、その顎は津浪、その眼は渦潮、されば、その比類なき腕で我が身、我が魂を護りたまえ!」

単調だった呪文は徐々に高低が付けられ、いよいよ歌唱のようになっていった。
そして、その詠唱が完成された瞬間、アルザックの足元で魔法陣もまた完成されていた。

ヒュッ……

石造りの床がアルザックを取り巻くように波立ち、その勢いは瞬く間に彼の背を超えるほどのものとなった。
わずかな間をおいてその場へと大火球が落ちた。
そして、内用する強大無比な火力で一帯を火焔で飲み込み、勝敗は決する――そのはずだった。
少なくとも、ヘルシオの脳裏にはそうした場面が描かれていた。
けれども、

「なっ?バカな……」

ヘルシオの元来より血の気の薄いくちびるを更に白くさせ、そこから漏れでたのはそんな驚きの声であった。
『大火球』は確かに直撃した。
けれど、それはまるで出店の飴菓子かのようにアルザックの周囲を巻く水壁に纏われ、一切の余波すらも発することもなく打ち消されたのである。
それは、『火』系統の魔法は『水』の系統の魔法とは愛称は悪い。
実に悪い。そんなことは魔術などを齧っていない平民だって知っていることだ。
だが、それとこれとはべつである。
『威力拡張』『魔力増大』『系統重複』――三つもの高等術式を織り込んだ大魔法が系統の相性だけで無力化されるなんてことがあるはずがないのだ。
実際、デルマーノだって『大火球』を評価――かなり皮肉にだったが――していたではないか。
あまりのことに、動きを止めてしまったヘルシオ。

「終わりか?」

床を水浸しにして半透明の壁は崩壊し、アルザックの耽美な涼しい顔が現れた。
肩眉を跳ね、肩をすくめてくる。

「……そして、海魔の唄は精霊の詩へと引き継がれる。夜は終わり、」

「っ?」

「水面を照らすは肥沃をもたらす陽光。海の精は感受する。そして、また、生み出す!」

「っ――ヘルシオッ!」

一歩半ほど後ろで息を呑んでいたフローラが叫んだ。
しかし、ヘルシオは名前を呼ぶ恋人の声にすら反応できなかった。
なぜなら、アルザックの足元に描かれた魔術式は消えていなかったのだ。未だに紺よりは淡い青色の発光を続け、さらにその外周へと式を展開していく。

「嗚呼、表したもう。美しきその声を、その姿を、その心を!」

「ヘルシオ?ヘルシオッ!」

「……」

「っの……」

またも術式から水流が立ち上った。
その時だ、グンッ、と襟を乱暴に引っ張られた。

SNSでこの小説を紹介

ファンタジー系の他のリレー小説

こちらから小説を探す