元隷属の大魔導師 298
デルマーノは大きく一歩跳びすさった。
同時に、緊張に白くさせた顔を先ほど圧倒したはずのクレディア兵士へと向けた。
「追わせんっ!我が名にかけてだっ!」
「……まだ……まだ、終わりでは……」
「ちぃっ――」
ゆらゆらと立ち上がる二人の敵兵。
デルマーノは舌を鳴らした。
仕留めたはすだ。少なくとも、これまでの戦闘経験からして殺しはせず、だからといって再起には何週間もかかる――そのように技を放ったはずなのだ。
なのに、奴らは立ち上がった。
「さすがは……クレディア、か」
デルマーノは小さく笑った。
舐めていた。
分かっていたはずなのに、自身の強大過ぎる魔力の所為か、見誤ってしまったのだ。
相対するは、今や大陸最強の大国クレディアの精鋭――。
「ヒッ……ヒヒッ……」
デルマーノは喉で笑う。
この予測不能な展開、身に迫る危機、頬を撫でる殺気。
これこそが、戦いだ。
ウェンディという土地が自分に与えた全てである。
なんと今日この瞬間に相応しい空気なのだろう。
ならば、するべきことは一つだけだ。
四の五の考えることも、止めてやる。
ただ、潰す。
己の全てで、思うがままに屈服させてやろうじゃないか。
「ヒヒヒッ!イッヒャヒャヒャッ!」
「「っ!」」
強敵たちが息を飲んだのがわかった。
デルマーノは破顔をふと冷たい普段のモノに戻すと、あえて露悪的に恐喝する。
「クレディアの厄介さは理解したよ。だからな――潰してやるよ、この『リッチ』デルマーノの全力でなあっ!」
「むぅ……ッロージー!」
「分かっています!」
オスローは部下の少女の名を叫び、同時に雪に埋まった鋼槍を爪先で蹴り上げて両手の中に納めた。
また、その背後ではロージーが杖をデルマーノへと向けている。
「ぬおおおっ!」
「氷原の乙女よ!」
槍先を地面へとむけ、前屈するように駆けてくる槍騎士。
体格はデルマーノよりも首ひとつ高い巨漢で、全身を甲冑――しかも、高い精度の硬化と軽量化の魔法を付与された甲冑に包んだ武を具現させたような騎士の突撃だ。
そこにはすでに五体満足で帰還する意志は微塵も感じられない。
そして、蒼き少女魔導師の放った魔法もまた対人に使用するようなものなどではなく、ある程度の回避を予測しての『空間凍結』魔法。
攻撃魔法ではなく、一定の範囲の気温を容赦なく下げ、機動力と体力、あわよくば判断力までを低下させることを目的とした補助魔法だった。
「ぅぬううっ!」
『空間凍結』は盛り込み済みだったらしい、オスローに能力減退は見られない。
彼が着ているのモノがそのように魔法補助を受けた武具だったのだろう。
「おおおっ!」
オスローがデルマーノを間合いに納めるための最後の十歩を、歩みを緩めるどころかさらに加速して踏み込んできた。
「カアアッッ!」
「っと……のヤロが」
獣のような獰猛な呼気とはうらはらに槍の先の行方を胸から腹、そして喉元へと移したフェイントは絶妙であった。
本能的に防御していたら危うく顎の下にもう一つ口が出来てしまうところだった。
(な、るほど……魔獣か怪物かを相手にしているつもりだな、こいつらァ!)