元隷属の大魔導師 295
「ふっ」
「〜〜っ!っ!」
すると、あからさまに鼻を鳴らして嘲るロージー。
当然、少年は地団駄を踏んで怒りを露わにしたが、さらなるオスローの冷眼を受けて、すぐに矛先を収めた。
「――ふぅ。どうにも、であるな、邪慳」
そんな部下たちを眺め、若き中隊長――エルク・フィンドルがようやくデルマーノへと注意を戻してくれた。
肩をすくめ、デルマーノは犬歯を見せる。
「ん、ああ〜……いやいや、なかなかお上品な手下ともじゃあねぇのよ。参ったぜ、この浅ましい出自じゃ、緊張しちまうなあ。ヒッヒッヒッ」
「ちっ」
先と同じように舌を鳴らすエルク。
ここで追従してかの愚かな魔導師連中を罵れば、エルクにも糾弾する立ち位置が回ってくる。それを分かって、だからこそ下手に出たデルマーノであった。
ここまで意地の悪い者には対面したことがなかったのだろう、粗野な態度が目に付く大国の若様であるが、この歳にしては堪えていると言えなくもない。
「…………」
沈黙し、視線を交差させる二人。
「すぅ……」と小さく息を呑み、冷静さを取り戻した――少なくとも自身はそう思っているはずだ――エルクが、改めて口を開いた。
「武骨極まりない姉君だがな、アレでも僕の家では最高位の戦士なのだ」
「へえ?そうかい」
ヒッヒッ、と喉を鳴らしたデルマーノ。
暗に、あの程度で?、と言っているようにしか聞こえない笑い声だ。
こめかみを力ましたエルクだが、声だけはなんとか冷たさを保たせて続けた。
「その姉君を二度に渡って倒した『邪慳の』デルマーノ――」
「おいおい。ちょっと、待て?二度目のことまで報告したのか、おの女は?」
「まさか。けれども、僕だけはあの報告書を読んで分かった。あれは僕の身内中でも稀にみる情の持ち主だ。それが、ただの任務失敗の報告にあんな長文を用いた理由が他にあるとでも?」
「イヒッ、ご明察じゃねえか」
「ふん……。あの女ごときの頭の中……」
「で?それがどうした?」
そう尋ねつつもデルマーノは、スッ、と右手の槍――杖を揺らした。
先の奇襲の後なのだ、エルク一同に緊張が走るのを確認したデルマーノは口の端を吊る。
「…………ちっ」
三度目の舌打ち。
エルクはデルマーノを睨みつけた。
「だからこそ、僕は正面から君を潰すような面倒を被るつもりはない、ということだっ!」
「達成不可能なことは面倒とは言わねえがな」
「粋がっているがいい、邪慳!オスロー、ロージーッ!」
「はっ」
異口同音に答えた槍騎士と女魔導師。
意識を共通してでもいるのか、まったく同時にオスローが槍を構えて突撃し、ロージーが氷の円錐柱を召喚した。
自身でも得意の氷結魔法である三本の『氷槍』をデルマーノは純粋の魔力の波動で打ち消すと、直後に襲いかかってきた黒金の戦闘槍を抜きはなった同じく戦闘槍でいなす。
さすがは強国クレディアの中隊副長――いや、お飾りの隊長なのだから実質的には隊長格だ、重たく鋭い槍さばきであった。
もし、デルマーノが魔導不死生物である『リッチ』に転生してなければ、実力は伯仲していたかもしれない。
「むぅ……」
けれども、そこは『リッチ』。吸血鬼の怪力でオスローを押し返した。
唸る槍戦士。