元隷属の大魔導師 294
「っ――のお!」
「させませんっ!」
だが、そこへ二つの声が割って入ってきた。
そして、デルマーノが鋭利な魔力の発現を感じたのと同時に、彼の放ったその煌めく衝撃波の行く手に炎と氷の壁が立ちふさがった。
「……は?」
デルマーノが、呆けた声を上げた。
炎と氷の防御魔法である。
しかも、かなり高度な代物だったとはいえ、その発動に要した魔力は拮抗していた。
――つまりはだ。
「ぬぉおおっっ!」
見事に二つの相反する防御魔法は相殺され、消失した。
直後、辺りに槍使いの騎士の悲鳴が響いた。
追って巻き起こる大爆発。
「おっ、おっ、大馬鹿者共があっ!」
舞い振る灰燼の中から、オスローの罵倒が聞こえてきた。
その声質からして、どうやら無傷にほど近い状態のようである。
「だあ、くそ……俺の周りにゃ、どうしてこう変なのばっかが湧きやがんだよ……」
デルマーノはガシガシと頭皮を掻いて蓬髪をさらに乱れさせると、溜め息をついた。
長い嘆息である。
そうしている間に土煙は晴れ、視界が澄んだ。
「で、だ。結局、無傷かよ……ったく」
「後方の部隊の被害は尋常ではないわ、この邪慳めっ!」
言い返してきたのはオスローであった。
若き主君を庇い、抱き伏せたのだろう、地面に転がっていた。
完全に回避はできなかったようで、甲冑の背中部には焦げ跡が付いてしまっていたが、そのさらに奥で吹き飛ばされている下級兵士達に比べればピンピンしているだろう。
ただ、もっと元気なのはそんな主従を挟んで立っている男女――赤青の魔導師の二人である。
「ロージー・スリング!なぜ、僕の邪魔をした!?」
「それはこっちの台詞でごさいましやがりますよ、アルティ!貴方のせいで、このわたくしが上司見殺しの悪名を負うハメになりかねませんでした!」
まだ若い魔導師たちである。
二十歳頃の赤ローブの少年は、風防の合間から見える冷たげな顔をその衣装のごとく真っ赤にさせていた。
一方の紺色のローブを羽織った少女はといえば、口調ほど表情は苛烈ではない。
けれども、その淡々とした顔こそがむしろ内からあふれ出る激情を表現する役目を果たしていた。まるで、婦女が――デルマーノの周囲にはなぜだかそういった普通の反応をする娘はいないが――心底、毛嫌いする蜘蛛やゴの字を見下ろすような眼差しを少年魔導師へと向けている。
「なんだとっ!きみが余計な真似をしたせいで、この僕の現出せしめた灼熱の防壁が霧散してしまったじゃあないか!」
「それはお生憎!でしたら、わたくしがもうすこし本気を出していれば隊長方をお守りできましたのに、失礼しましたわっ。貴方の全力の防御魔法も、本領の半分にも満ちませんが、わたくしの氷結魔法と互角に渡り合えるとは、少しばかり甘く見ていたわたくしが悪うございました!」
「ぐぅう!ぬぬぬぬううっ!」
「なんですのっ?その、卑しい獣のような血走った目は?クフダオ家の嫡男も、所詮はお子様ってわけですわねえ!」
「はっ!たかだか成金の娘に侮辱されて頭にくるほど僕の家名はお安くない!」
「なっ、成金ですってっ?敬愛するお爺様を成金呼ばわりとは――」
「――いい加減にせんかっ!この大馬鹿者共おおっ!」
「「っ!」」
オスローの一喝に魔導師の男女――ロージーとアルティはピクリと肩を震わせ、同時に口を噤んだ。
立ち上がろうとする若き主君に手を貸しながら、オスローは憤怒の視線を部下二人へとぶつける。
「『黒の塾』で塾頭の座を争っていたのは知っているし、同期だからと肩を組んで歩けなどとは言わん。だがな、貴様らにも戦場に置ける分別をわきまえる頭はくらいはあるだろうっ!」
「ですが、副長……」
「アルティッ!」
「ぐぅ……」
オスローの一瞥を受け、紅のローブの少年は群青のローブの少女を恨ましげに睨んだ。