元隷属の大魔導師 293
騎士風の男が哄笑を上げた。
飾り気のない鋼色の全身甲冑に身を包んだ巨躯の先、丸太の如き右腕で背に背負った戦闘槍を抜き放つと、男はやはり大声で続けてくる。
「我が名はオスロー・ビズティア!クレディア軍『白狼』騎士団フィンドル中隊副長であるっ!」
「『白狼』の、フィンドル――ねぇ……ヒヒッ」
「む?なにが可笑しいっ?」
「いやあ、なに……ま、世の中は狭ぇというか、運命の悪戯っつーか」
デルマーノは芝居掛かった仕草で肩をすくめてみた。
その脳裏には二人の男女が浮かんでいたのだ。
一人は弟弟子、ヘルシオ――ヒルツ。
一人はクレディア軍の女竜騎士――フィリム・フィンドルである。
『白狼』騎士団は、クレディア擁する三大騎士団の一つで、その団長は『勇将』ハンセル・イクスカンドである。
その『勇将』の三男が率いていたとはいえ、デルマーノはターセル皇国にてこの騎士団の名に泥を被せたことがあったのだ。
フィンドル中隊ということは、あの因縁浅からぬ竜騎士の縁者だと見て間違いはないはずである。
つまり、十万を越すクレディア軍人の中でもデルマーノのことを意識しているだろう者達が今回の敵ということなのだ。
デルマーノは密かに重心を落とした。
「で?その坊やが、そのフィンドル中隊長ってことか?いや、俺にも同じ家名の知り合いがいてよ、身内かな、ってよ?イッヒッヒッ……」
「ふん……噂通り――いや、噂以上の意地の悪さであるな。それで騎士とは、シュナイツも地に落ちたものだ」
露悪的な笑みを浮かべたデルマーノへ、およそ実戦向きとは呼べない緑耀石色の豪奢な甲冑――そんな悪趣味な防具に着られた感の否めない細身の少年が嘲笑を返してきた。
色白で、切れ長な瞳、ゆったりと伸びる鎧と同系色の頭髪からも、この少年とフィリム・フィンドルとの血縁を伺うことのできたデルマーノ。
不機嫌そうな少年の物言いに、わざわざ、家名というプライドをつついてみた甲斐があったと胸の内だけで笑った。
「ちっ……」
「……?」
その時だ、少年が小さく舌打ちした。
デルマーノはよもや胸中の侮蔑が顔に出てしまったか、と眉をひそめたが、否、違うようである。
「あの女――フィリム・フィンドルとことだろう、その僕の既知の血縁というのは?敵国の一兵卒如きだったとしても、その誤解は業腹であるぞ」
「……へえ?姉弟喧嘩でもしたのか?」
身内だからだという謙遜的な言い回しなどではなく、心底の嫌悪が多分に含まれた少年の言葉にデルマーノは口端が上がりそうになるのを堪えつつ、返した。
「っ!僕が、よく弟だと……」
息を飲む少年。自分の正体を見破られたのが、そこまでの驚愕なのか?
いや、腹芸に通じてはいない『少年』だというだけか。
デルマーノは、今度はあからさまに笑った。
「イヒッ!んなこと、知ってる訳ねぇだろうがよ!ええっ?エルク・フィンドルよォ!」
と、同時に魔導杖――に偽装した戦闘槍を振るった。
「なっ……」
まさか、この瞬間での奇襲を受けるとは予想外だったのだろう、少年――エルクは四肢を緊張させるだけで動こうとはしない。