元隷属の大魔導師 278
空からの奇襲に右往左往する大軍を眼下にシャーロットは笑う。
「あははっ!いや〜……。一万だ、二万だとか聞かされてたからびびってたけどさ、大したことない――ねェ!」
台詞の最後に合わせ、吸血少女が腕を振った。
その右手の中指に填めた赤石の指輪を媒体として魔導を発現させる。
高速で滑空する邪竜・アルゴから、まるで彗星が尾を引くように数多の黒色の球体が召喚された。
それらは大質量を秘めてでもいるのか、揺るぎなく落下していく。
そして……
「――っッッ!?」
地表にぶつかった瞬間、闇色球は音もなく弾け、膨らみ、圏内のクレディア兵を飲み込んだ。
闇魔導『放散』。
以前、デルマーノと対した際に放った『収縮』と逆の原理の魔法である。
「イヒッ……」
デルマーノは地表へと目をやった。
眼下に展開していた部隊はほぼ壊滅状態である。
デルマーノもシャーロットも加減して魔導を放っているために見た目ほどは死者が出てはいないだろう。
だが、代わりに戦闘不能の怪我人は続出しているはずだ。
屍を乗り越えて――とはよく言ったもので、つまり、屍ではないものを乗り越えられないのが人の情である。
負傷者を手当てし、然るべき場所へ搬送するだけで手一杯になっているはずだ。
「さぁて……逃げっかなァ」
「えっ?なんでっ?このまま、全部やっつけちゃうんじゃないのっ?」
「けっ、世間知らずなガキめ……」
デルマーノはシャーロットの小さな額を指で弾いた。
痛みこそなかっただろうが、不満そうな顔で見上げてくるシャーロット。
「ヒヒッ!クレディア軍は寝ぼけたカルタラの連中とはちげぇのよっ!ホラッ――」
デルマーノは左手の魔導媒体である指輪へと魔力を与え、魔導の奇跡を行使する。
シャーロットと契る以前とは比べものにならない圧倒的な魔力により、正に暴力と呼ぶに相応しい禍々しくうねった氷の槍を幾十にも錬成した。
その必殺の槍を、指し示した方へと放つ。
「あっ」
シャーロットが声を漏らした。
氷槍の発射方向には十余の翠の影が、猛然とこちらへと向かってきていたからだ。
「クレディアお得意の翼竜騎士団ってなァ?」
デルマーノは素早く呪文を唱えた。
光弾を、先ほどと同じ方向へと打ちだす。
シャーロットがその光線を目で追うと、そこでは、氷槍の奇襲からなんとか逃れた数騎の翼竜騎士団の姿があった。
「うわぁ……容赦ないね、いつもだけど……」
この曇天下では視覚しにくい氷槍で奇襲し、仮にかわせたとしても、今度はソレよりも数段速い光弾での追撃。
避けれるわけもなく、翠の竜騎士たちは躯と化して、大地へと落ちていった。
「でも……逃げることないじゃんっ」
「ふんっ。下を見てみろよ」
「うん?……あ」
シャーロットはアルゴの翼と前脚の間から地上を見下ろした。
森間から覗く人影に唇を尖らせて、うめく。
「魔導師隊と弓兵かぁ……こりゃ、ヤバいね」
「ホレ、掴まれっ」
「ぅわ」
アルゴの、その成竜となり発達した知覚で、下方からの狙撃の気配を捉えた。
グンッ、と搭乗者に負荷を与えつつ、急旋回する。
直後、黒い巨体のすぐわきを矢や魔法弾がかすめていった。