元隷属の大魔導師 279
「ヒッヒッヒッ……長居は無用ってなァ。イヒッ、増援のお出ましだッ!」
デルマーノは先の竜騎士団と同じ方向から、先の何倍もの群れをなす翠の影を指差し、哄笑した。
普段からの無情にして人を喰ったような言動のせいで勘違いされがちだが、彼はそれほど好戦的な性格ではない。
――シャーロットは思う。
けれど、今日のデルマーノは攻撃的すぎやしないか?
まさか、祖国を守れるなんて使命感からではないはずだ。
「んじゃあ、シャーロット。おまえはこのままアルゴと一緒にジルのところまで戻れ」
「えっ?お兄ちゃんはっ?」
「イヒッ……籠城すんのに魔導師は、なァ?」
「ちょっ――」
デルマーノがいつもの軽薄な笑いを吐き出すと、邪竜・アルゴの背から飛び降りた。
突然のことに、シャーロットは止める暇さえなかった。
「……うぅぅ。ホント、自分勝手なんだからァ」
そんな文句を吐いてみたが、なんだか、そこら辺の恋人に悪態つく少女のようにそんな台詞を言うことができた自身に、シャーロットは少なからず感動していた。
これも、すべてデルマーノのおかげ――やられたことを鑑みれば、所為、だけども――である。
……シャーロットは、口角を歪めた。
「あはっ。なら、あたしはあたしらしく、我が儘を通させてもらうんだからっ!ねっ、アルゴ?」
「ゴゥ……」
唸った邪竜。
最近、シャーロットもデルマーノほどではなくてもこのドラゴンと意思疎通ができるようになってきた。
……当初は、頭をなでようとしたらカプリと逆に頭をくわえられていたのだから、目覚しい進歩である。
シャーロットは、もう一度笑った。
「そ・れ・じゃ・あ〜〜」
指に填めたルビーの指輪が煌々と光る。
さすがに翼竜に飛行速度で適うはずもなく、すぐそこまでに二十騎あまりの翠色の軍団がせまってきていた。
仲間を撃墜されたのだ、それはもう半端ではない殺気が肌を撫でる。
そんな中、シャーロットは、
「お兄ちゃんを追っておけば、もしかしたらひとりくらい助かったかもしれないのになァ……」
無数の雷光の矢で応戦した。
肉薄しようと必死なのはわかるが、雷撃魔導『電嵐』の中に突っ込むのは無策無謀、蒙昧無能だ。
十数秒後には、曇天を羽ばたくのは一騎の邪竜だけとなっていた。
「ごめんね。お兄ちゃんよりも強いんだ、わたし――」
昔ほど無情になれない自身に戸惑うシャーロットを乗せ、アルゴは王都へと帰還するのであった。
「――はっ。大層な魔法だな」
天を翔ていく愛竜の黒い軌跡を見送ったデルマーノは口角を歪めた。
あの真血種の吸血鬼――シャーロットがいれば、向こうはなんとでもなるだろう。
少なくとも、自分の思惑通りには事態は回るはずだ。
「んまァ、それも――」
デルマーノは周囲を見回す。
鬱蒼とした木々が生えているだけだが、確かな気配を――殺気を感じることができた。
「お〜いおいおい……それで隠れているつもりなのかよ?舐めてんのか、あ?」
中でも絶対の気配を感じる方へと顔を向け、言った。
すると、仄暗い木陰からスルリと男が姿を現した。
金縁の黒いロープで全身をすっぽりと覆った、四十前後の男である。
「……『邪慳の』デルマーノだな?」
男が、唸るように言った。
デルマーノは顔をしかめる。
「邪慳だあ?なんだそりゃ?」
「貴様の二つ名だ。我が国でのな」
「あらま。こりゃ、有名になっちまったなァ?そう言うてめぇ――いンや、てめぇらも魔導師だよな?部隊規模からして、宮廷術師か?」
デルマーノがもう一度、視界を巡らせると木々の間からひとり、またひとりと揃いなのだろう、漆黒のロープを纏った男たちが姿を現した。
皆、不可視ながらも相当な魔力のプレッシャーを放っている。
「なるほど。蛇の道は蛇――ってか?お揃いのオベベが格好いいなァ?ヒヒッ……宮廷術師団『黒の塾』だな?」