元隷属の大魔導師 264
モノによってはだだの石ではなく、半楕円や十字型のものまである。
まさか――、アリアは勘ぐった。
「これは、お墓?」
「ああ。墓地さ……。んま、エドの話しだと十五年前からは、もうちょっとマトモな墓石を別の墓地に立てれるらしいがな?けどま、しつこくコッチに寝たがる奴らが多いらしい。言っちまえやあ……意地だわな、奴隷だったつー」
そんなことを口にしながらも、デルマーノはズンズン、墓地――らしい、その平地を奥へと進んでいく。
そして、ときたま立ち止まり、「ああ、死んだのか……」などと呟き、諸所の墓石へ笑いかけた。
その表情は淋しそうで、それでいて、懐かしそうな柔らかなモノだった。
「――ここだ」
そんな粗い作りの墓石群の中でも、一層、粗い墓石の前でデルマーノが立ち止まった。
それは事前に『墓石』なのだと教えられなかったら、路傍の岩石にしか見えなかっただろう――そんな、小さく丸い石だ。
デルマーノはしゃがむと、その墓石の上に降り積もった塵や埃を愛おしそうな仕草で払い落とす。
「……母の、な……墓なんだ……あの時ゃ、まだ、ソフィーナに会う前だったから……名前も彫れねえで……ただ、埋めて……目印代わりに置いただけ……」
なるほど。いわれてみれば上手とはとても言えない『マルガリータ』という名が、墓石の汚れの上に彫られていた。
立てられた後に彫られたからなのだろう、きっと。
「三つ四つの時にゃおっ死んじまったんだが……それでも、なんでだろうな?声も、手つきも、笑顔もよく覚えんだ……」
また、寂しく、けれど懐かしそうにデルマーノが笑いかけてきた。
アリアはその笑顔に、彼の母の幻影を見た。
……会ったこともない女性だが、なのに、アリアは親しみを感じてしまう。
同じ男を一方は母として、一方は伴侶として愛した共感だろう。
気付くと、アリアは両手を組み、祈っていた。
もし、天に言葉が届くのならば、一言だけ伝えたい。
『ありがとう』
『デルマーノを産んで、育て、彼を彼にしてくれてありがとう』
アリアが瞑っていた目を開くと、隣ではデルマーノも似た格好で祈っていた。
他人へ、常に攻撃的な姿勢を表すこの男が、静かに、真摯に黙祷する姿は意外であり、――そして、それでも彼らしく思えた。
アリアより、遥かに長い時間を母への鎮魂の祈りに捧げたデルマーノも、ようやく、目を開いた。
「悪ぃな、付き合わちまってよ?」
「なに言ってるの?全然よ」
「んあ?」
不思議そうな顔をするデルマーノへ、アリアはくすりと微笑んでやった。
無頼漢を気取るくせに、どこか気を回してしまう男なのだ、デルマーノは。
「だって、あなたは、もう私の両親に挨拶を住ませたじゃないの。だったら、今度は私の番、でしょ?」
アリアは悪戯っぽく口角を歪めた。
一瞬、鼻白んだデルマーノだったが、次には吹き出していた。
「イヒッ。そりゃ、そうか?」
「ええ、そうよ。そうそう、ウェンディにも来れるものじゃないんだし、今回の逗留中にもう一度くらいは来なきゃね?」