元隷属の大魔導師 262
「ああ!もうっ……そんな他人行儀、やめてよ。デルマーノは私にとっては兄貴みたいなもんなんだからさ。ってことは、婚約者のアリアは義姉でしょ?もっと、ざっくらばんな人間関係を、断固、要求するわ!」
「それは……ええ。そうね、マリエル」
セリフの内容とはうらはらに、悪戯っぽい笑みを浮かべるマリエルを目に、アリアもクスッと微笑み返した。
「ふふっ」と口角を吊り上げたマリエルが続ける。
「ホラ、私って一応、聖職者だからさ。悩みだったら聞くわよ?これでも、ウェンディの『二番目の母さん』なんていう年齢に見合わない、はなはだ、酷い渾名で呼ばれるくらいなんだから」
「二番目――それは、なんとまあ、なんていうか、喜んでいいのか怒っていいのか……」
「そぉ〜〜っなのよっ!母さんはなくないっ?母さんは!いくつだと思ってやがんのかしらね、ったく。挙げ句の果てに、多分同い年のマルスランまでが、そう呼んでくるんだから、そりゃ、背後から奇襲したり、寝込みを強襲したり――」
苦笑いを浮かべるアリアへ、マリエルは力説する。
だが、アリアはふと疑問を抱いた。
(たしか、マリエルが私の悩みを聞くって話しだったんじゃ……)
「聞いてるっ、アリア!」
「え、ええ。もちろん」
「それでね、そこでエドが――」
見ると、マリエルの頬はほんのり、紅潮している。
酔っているのかっ?
(聖職者でしょうに……さ、さすが、デルマーノの兄弟――ってところ、ね)
アリアは呆れ半分に、しかし、心温かく、エドやマルスランやその他の少年たちの悪口(すでに愚痴ですらなかった)を連呼し続けるマリエルへ微笑んだのだった。
「これは……なに?」
「つまり、んまぁ、いらねぇ気を回したのか、または、からかわれてんのか……だな?」
シャーロットを背負ったアリアが訊ねると、ジルを背負ったデルマーノは辟易といった様子で答えてきた。
狭い部屋だ。そして、そこには簡易寝具が四人分、敷かれている。
夕方の早い時間――上品に言ってみただけで、実は夕方ですらなかったが――から始まった酒宴も、日が沈み、夜も深くなりはじめたころには、お開きとなった。
デルマーノはもともと、城外に泊まる予定だったので、アリアたちも今日はありがたく、この貧困街の一角に建った荒ら屋を借してくれるというエドゥアールの申し出を受けることにしたのだ。
……というのも、シャーロットに続き、ジルまで昏睡してしまったのである。
「まさか……ジルが、こんなにお酒に弱かったなんてね……。ほんの一、二杯でしょ?」
「んあ、まあな。十一人目のガキがノビて、んで、そのときに瓶に少しだけ余ったのを酌してやっただけなんだぜ?一杯とか、ンな次元ですらねぇんだが……」
エルフってのは酒気に弱いのか?――そう、デルマーノが首を傾げた。
「そういえば、いままで、一緒にご飯を食べに行っても、ジルだけは呑んでなかったわよね?」
「毎度、辞退してたからな。今日もだが……悪ぃことしちまったな」
デルマーノが、そっとジルを寝具に寝かすと毛布をかけてやっていた。
別に優しさ云々とは関係なく、純粋に毛布なしでは堪えられない室温なのだ。