元隷属の大魔導師 26
相手は体力の限界が近いのだろう、距離が縮まってくる。もう五メートル程度しか離れていない。
襤褸は次の角を曲がった。
アリアも追って、左へ踏み込む。
「……っ!」
身が弥立つ殺気を感じると共に、我が身へ振り下ろされる剣を飛んで、かわす。
ファンッ!……ギャ、ギャッ……
剣は空を斬り、地を削った。
敵の手が止まるとふぅ、と息を吐き出し、周囲を見渡す。
「ぅ………」
手前に襤褸を纏った剣士と屈強な男が二人、奥には樽に座る老人と少女がいた。
どうやら誘い込まれたようだ。
「……近衛騎士様がこんな所まで、ご苦労な事ね?」
襤褸の中から聞こえた声は驚くべき事に若い、女のモノだった。
身の熟し、先程の剣筋から相当な腕である事を察する。
「ヤフー……ここには王国の威光は届かないのよ?」
アリアが剣を抜くのと女剣士が駆け出すのはほぼ、同時であった。
しかし、二人の剣は触れ合わない。
「はぁ……お前はちょくちょく、危機を迎えんな?おい…」
相手の剣を正面から受け止めた影が言った。
「……デルマーノ」
「お前も……狗かぁっ!」
激昂の剣をデルマーノは難なく受け、往なす。
彼の槍は通常、鞘に収まり魔導杖の格好をしている。
今は鞘を放り投げ、相手の剣を右へ左へと薙いでいた。
「っ……女…の子?」
アリアの驚きは無理もない。女剣士の纏った襤褸は既に剥がれており、歳は二十歳頃か、予想以上に若い少女がそこにはいたのである。
拮抗する剣と槍。
しかし、少女の必死さに対し、デルマーノはまだまだ余裕がありそうだ。
そこへ……
「……もう良い、ローザ。剣を退け…」
樽に座り、静観に徹していた老人が声を発した。
「しかし、老主!」
「元はと言えばお前が撒いた種。それに……」
もう余命幾許もないだろう老主と呼ばれた老人。
しかし、その黒い眼光は獣のソレだ。
アリアにはその『眼』に覚えがあった。
目の前で槍を構える男、デルマーノ。彼が最初に現れた時、アリアは同じモノを見ている。
二匹の獣の視線が交差した。
「………お前…そう宮廷魔導師、お前だ。お前は、奴隷闘士の出だろう?」
「けっ……そうだ。その女と同じ少年闘士だったよ。そうと知って、まだ牙を剥くか?あん?」
「ほぅ……よくローザが闘士だと分かったな?」
「はっ…あんたと理由は一緒。ま、腕は蛇と蚯蚓くれぇ違うがなぁ」
「ふんっ……違いない」
二人は左手首を見せ合うと、声を上げて笑う。
刻まれた元隷属の証。彼らの間にはアリアには理解できない絆の様な物があるのだろう。
「くっくっ……俺はディーネの老主、ラインバルト。お前は?」
「ウェンディのデルマーノ……邪魔して悪るかったな、兄弟。何、盗ったんだよ?」
デルマーノの問いにローザは薬瓶を取り出した。
中には赤い液体が入っており、波立つ度にうっすらと発光する。
「妹が……」
ローザはそれだけ言うと黙り、ラインバルトの傍らにいる少女へ目を向けた。