元隷属の大魔導師 250
疑問符こそつけたが、いまのは質問したわけじゃない。だだの確認だ。
アリアは彼ら――デルマーノの旧知、かも知れない彼らと剣を交えるのを残念に思いながらも重心を低くした。
「マルスラン……」
「ああっ」
若草色の髪の巨漢――マルスランがその手に持った戦鎚を振り上げた。
アリアも剣を抜く。四肢に風の魔導を纏わせた。
コレは先日、デルマーノから習ったのだ。攻撃よりも防御にこそ風の系統は真価を発揮するらしい。
実際、コレを纏うと矢くらいならば弾く鎧と瞬間的な機動力を得ることができた。
「……殺しはしない」
アリアはしっかりと、それだけは彼らに伝えた。
自分がいま、剣を向けているのは相手が元隷属だからではない。敵だからだ。
例え、平民だろうと貴族だろうとも同じ対応に出た。
それだけはわかって欲しかったのである。
マルスランが戦鎚を振り上げた。
無表情な面持ちだったが、瞳には闘う覚悟と意志がありありと窺えた。
「その意気はよしっ!」
アリアは自身を鼓舞する意味もあり、高らかに叫んだ。
同時に右足を大きく踏み込む。
マルスランが標的を定め、戦鎚を振り下ろした。
その標的とは自分だ。
一見、大雑把な一撃である。
だが、根本的な部分はデルマーノの剣術と同じだ。
多少の怪我などには目を瞑る。ただ、自身が生還を果たせればいい――という意気込みなのである。
戦鎚の軌道からアリアは半身をずらすことでその殺傷の範囲から逃れた。
しかし、大地を削った戦鎚は、立ち込める土煙の中から猛然とアリアへ第二波を送ってきた。
普通の騎士ならば、一度目を回避したことで攻勢に移ろうとして、確実に虚を突かれた状態になってしまう、完璧な連撃である。
隙もなく……、という言葉があるが、奴隷闘士にとっては致命的な隙以外は隙ではないのだ。
だが、この巨漢の戦士にとって不幸だったのは自分――アリア・アルマニエは普通の騎士ではないことだ。
週に一度はデルマーノと手合わせしている。
初めの頃にはまったく相手にならなかったが、半年が経つ頃には彼の次の手をいくつかに絞れるくらいには上達した。
そして、さらにそれから数月後――たった一度だけだが、一本をとることができた。つい先日のことだ。
アリアは脚部に纏った風の魔法で大地を穿つ。わずかに重力の抵抗がなくなった。
わずかに、で十分だ。
「ふっ」
呼気に合わせ、アリアは大地を蹴った。
アリアの身体が、まるで風にあおられた羽根のように舞い上がる。
「なっ――」
マルスランが声を失い、自身の頭よりさらに高い位置へとあるアリアの顔を見つめた。
一瞬の攻防で勝利を掴む彼ら、元隷属の闘士にとって、予想外の相手の動きは極めて酷なモノである。
「マルスランッ!」
硬直した弟分へエドが叫んだ。
マルスランもその声にはっとなる。
しかし、風の魔導を防御と機動力に回しているアリアには、あまりにも愚鈍だと言わざる得なかった。
「はぁあぁぁっ!」
気合い一閃――。
アリアは剣を横薙ぎに振り抜いた。