元隷属の大魔導師 249
アリアは、思わず答えてしまった。
デルマーノの胸の深いところで疼く闇の由来。
それを、だ。
男は目を見開いた。
手前に立つ、巨漢の男が呻く。
アリアの視線が、男と真っ正面からぶつかり合った。
「……女。名は?貴族か、シュナイツの?」
「ええ。私はシュナイツ王国アルマニエ侯爵家次女アリア。第一王女付き近衛騎士隊に所属している」
アリアは視線で、貴殿の名は?、と訊ねた。
黄金色の髪の男は、ゆっくりと口を開く。
「己の名はただのエドゥアール。エドでいい。貴族に名乗る名などはない、と思っていたんだがな」
名乗る価値はありそうだ、とエドは言った。
しかし、言葉とは裏腹に視線の鋭さを増した。
「ならば、わかるだろう。己たちの怒りが。なぜ、この町に来た?」
この町――貧民街のことだろう。
周囲を囲む少年たちがそれぞれの得物を構えなおした。
背筋を疼かせる冷たさにアリアは頬を強ばらせる。
いつの間にか、自分が問答の先に立たされてしまった。
「それは――」
だが、この一行の中で、そうそう長時間、黙らせておくことのできない人物がいた。
実年齢四十ウン歳らしい、見た目十代半ば、精神年齢も十代半ばの吸血鬼だ。
「あ〜あっ、もお……面倒くさいなぁっ!なに?私たちがなにかしたのっ?」
シャーロットは頬を膨らませて憤慨した。
左隣に立つ侍女、ジルへと「ねえっ?」と訊ねる。
カルタラやこの国の元隷属者の事情について知らないシャーロットにとっては汚らしい男たちに囲まれている、この状況は堪らないものだったのだろう。
そして、わずかなりとも空気こそ読むジルも他人――特に敵意を向ける相手に忖度するほど、可愛い気のある性格ではなかった。
「確かに……私たちは彼らになにもしていませんし、心当たりもありません。まだ、ですが」
「ちょっ、ちょっと!貴女たち……」
フローラが悲鳴のような声でふたりの吸血鬼をたしなめた。
なにせ、彼女たちの言葉を受けて周囲の男たちの険悪さに拍車がかかったのだ。
しかし、シャーロットは不思議そうな顔でフローラを見返す。
「ん?なぁに?」
「なぁに……って。わざわざ、相手を怒らせるようなことをしなくてもいいじゃないのよっ」
「んもぅ。わかってないな、フローラは。怒ってるのは私だよ。だから、悪いのは向こうだよ?」
「…………」
フローラは閉口した。
アリアも呆れる。それは子供の理屈だ。
いよいよ殺気立つ周囲にアリアは思わず、剣の柄に手を寄せた。
「どうする、侯爵家の女?己らと剣を交えるか?それとも、素直に退くか?」
エドが目を細めた。音もなく、立ち上がる。
この辺りの民族衣装なのだろう、蔦色の格子模様の布を腰に巻き、茜色の上下を纏ったその姿は表面的には無害そうだが、本質的な恐さを内容していた。
腰の左右にそれぞれ、一本づつ下げた長剣が留め具とぶつかった拍子に、シャンッ……、と鈴のように鳴る。見た目以上に軽い剣なのかもしれない。
「……退くと言って、無事に帰らせてくれるのか?」