元隷属の大魔導師 251
「くっ……」
マルスランの呻く声が聞こえてきた。
しかし、アリアは最初から命を賭けた争いなどはする気がなかった。
アリアが振り抜いた剣の刃が打ったのはマルスランの持つ戦鎚の柄である。
なかなか頑丈な造りのようで、風の魔導を付加した剣ですら断ち割ることは適わなかったが、それでも予期せぬ箇所への攻撃に巨人の手から戦鎚は離れた。
さらにアリアは追撃を仕掛ける。だが、まだ着地は果たせていない。
たがら、風の魔導で足場を作ってみた。
マルスランの腰の高さにである。
足場は予想通り、しっかりとしたモノになった。
デルマーノがアルゴに乗る際に使う『風壁』を真似てみたのである。
アリアは、強く踏み込んだ。
「たぁっ!」
「ッ――がぁっ……」
巨漢のそのアリアの頭部ほどの広さを持つ鳩尾へと剣の『柄』を叩き込んだ。
男の口からは悲鳴とともに一気に空気が漏れ出ると、白目を向いた。
身体が仰向けに崩れる。
「っと……」
あやうく、その男の上へと乗ってしまいそうになったアリア。
最後とばかりに、もう一度、風の魔導を駆使し、男を跳び越えた。
「…………ふぅ」
アリアは巨漢を見下ろすと、次に黄金色の髪の男へ目を向ける。
エド――エドゥアールは心底、驚いていた。
まさか、自分たち元奴隷闘士がそこらの若造女騎士なぞに遅れをとるなど、思いもしなかったのだろう。
けれど、実際の勝者は自分だ。
アリアは思う。
彼ら自身が元隷属などという肩書きとソレから派生した憎しみ、怨み、怒り、哀しみに捕らわれてしまっているのかもしれない。
だから、意固地になっているのだ。
貴族が相手となれば、それこそエドのように冷静そうな男でも頑なに耳を塞いでしまうのだろう。
そこから、一つ先の境地に達した男をアリアはよく知っていた。
アリアの知る限り、もっとも優しく、誰よりも聡明で、一番愛している男――デルマーノ。
憎いだろう、腹立たしいだろう……それでも、心を冷たくしている。
今まで、アリアは彼らを一方的な被害者だと思っていた。カルタラの者たちが一方的な加害者だと思っていた。
なるほど、間違ってはいない。
けれど、彼らだって歩み寄るべきだ。
でなければ――、アリアは告げた。
「貴方はいつまでも捕らわれたままだ」
「なに?」
エドの、その爬虫類を思わせる面立ちが強ばった。視線が鋭くなる。
だが、アリアは毅然と続けた。
「貴方たちには私の声が聞こえないではないかっ!十五年経ったいまでもっ!」
「なにを……わけのわからないことを……」
アリアの激高にエドが面食らったようにうめいた。
しかし、自分と相手の立ち位置を思い出したのだろう、視線を鋭くする。
「なにをしているッ!マルスランがやられたんだぞッ?構えろッ!」
周囲を囲む少年たちへ渇を入れるエド。
少年たちは傍観者から加害者のモノへと目の色を代えた。各々の得物を構えなおす。
「っ――」
アリアは唇を噛んだ。
彼らとの乱戦は避けたかった。だって、