元隷属の大魔導師 227
「まさか、まさか……ってアリア。予想しているから聞くんだろ?」
「じゃ、じゃあっ――」
「なんてな。安心しろよ。もう、ここと盗賊ギルドとは関係はない。本人がそう言っていた」
「でも、その人は盗賊だったんでしょう?信じても平気なの?」
「ああ、平気だ。言ったろ?元奴隷だって。奴隷出身者に唯一の美徳があるんだとしたら、出身者同士では嘘をつかない。己のために騙さない。損得勘定で争わないってことだな」
「そう……なの?」
「ヒヒッ、信じられねぇかもしれねぇが、本当さ」
デルマーノは煉瓦塀を潜った。
一瞬、躊躇ったもののアリアもあわてて後を追う。
デルマーノはチラリと――気遣うように――振り返ると進行方向に広がる闇へと視線を戻し、続けた。
「んま、美徳と言ったが――本質的じゃあねぇ。要は野生の獣と一緒なのさ。奴隷ってのは一つの集団であり、組織であり、家族――運命共同体ってわけだ。てめぇの指がいくら気にいらなかろうが、自ら切り落とす奴はいない、ってな?」
「ああ……ソレが今でも?」
「そうだ。これは頭で考えるってよりも、本能の部分での行動だ。生存本能……だからこそ、信用ができるんだ」
そこまで言うと「さぁ、着いた」とデルマーノは付け足した。
見ればソコは五歩間隔で灯された魔導照明に照らされる広間である。
広さは小さな庭程もあった。
「ここが……酒場?」
アリアは周囲をキョロキョロと見回すと首を傾げた。
それもそうだろう、その広間には受け付けらしきカウンター以外は二つの階段しかなく、人は一人もいないのだ。
しかし、デルマーノは「イヒヒッ」と笑った。
「――んにゃ。ここは、まぁ……玄関ってところか?そこでな、酒を注文するんだ」
デルマーノはカウンターを指差すと続ける。
「んで、この上――個室になってんだがな、そこで呑む。イヒッ……その個室はアリアも知っている場所だぜ?」
「私の……知ってる?」
アリアは疑問符を浮かべた。
この辺りで自分が知っている酒場は数える程度しかないし、第一、デルマーノと行ったことはない。
――いや、待て。
確かにデルマーノと行ったことのある『酒場』はないが、馴染みの『店』はある!
「この上って、もしかして……『朱砂の王』亭っ?」
「ヒヒッ……せ〜かい」
『朱砂の王』亭――普段、自分がデルマーノと……まぁ、スるときに借りる宿屋だ。
そういえば……初めて、訪れた際に「ここは融通が利くんだ」とデルマーノは言っていた。
なるほど。
ディーネに来たばかりのデルマーノが知っている店があるとは奇妙に思ったが、奴隷出身者繋がりだったのか。
「……アリア。聞きたいことがあるんだろ?いろいろと、な」
「っ……え?」
「俺も言いたいことが幾つもある。ワータナーで言ってただろ?俺が話すのを待つ――ってな」
「えっ、と…………ああ。あの、洞窟の――」
「そうだ。入江でサグレスとジルに隠れてヤったときの直前だ」
「デ、デルマーノっ!」