元隷属の大魔導師 223
「もうすぐ、十五年じゃ。いい加減、許したらどうだ?」
「十五年……それは、奴隷解放からか?それとも、ソフィーナが死んでからか?」
「――ッ。やはり、おまえの暴走の原因は、そっちか……」
「暴走?狂ってんのはこの世界だろうがっ!ジジイ、アンタだって――」
「ああ、愛娘を亡くしたんだ。悲しくないわけないじゃろう。だがな、デルマーノ……」
ノーク右手で持った騎士の身体を宙へと放る。
老人の腕とは思えない怪力で、騎士の身体はたっぷり二秒は空を漂った。
木張りの床へと落ちたその騎士は「ううぅ」と小さく唸る。
そして、ノークは腰布に長杖を差すとスッと体重を落とした。
「悲しみは所詮、悲しみだ。憎しみは所詮、憎しみだ。分かるか?」
「ああ?」
デルマーノは眉根を寄せ、意味が分からないと疑問の声を上げた。
ノークはソレに答える。
「悲しみも、憎しみも、それは感情でしかない。行動に移せばそれは違うナニかに変わってしまうとは思わんか?」
「………………」
「思うじゃろう?なにせ、おまえは儂の娘が目を付けた男だ、阿呆なはずがない」
「――ちっ」
デルマーノは一瞬、目を見開いた後に不愉快そうに舌打ちをした。
そんな弟子へノークは言った。
「じゃが、納得はできんか。まぁ、良い。仕置いてやる――」
「えっ……ええっ?」
拳を横に並べるような独特な構えをとったノークを目にフローラは驚嘆の声を上げた。
すぐ横に立つアリアはその騒音に眉をしかめたが、心の中では同じ驚きを持ったのは事実だ。
あれほどの戦闘能力を持つデルマーノに師とはいえノークが仕置きをできるのか?
案の定、デルマーノはスッと拳を構え、臨戦態勢をとった。
いまのデルマーノからは加減をする雰囲気は受け取ることができない。
止めに入るべきか、否か――。
「……ふっ!」
そんなことをアリアが迷っている間にデルマーノが動いた。
拳闘士も真っ青の――デルマーノも奴隷闘士だったらしいが――速さと無駄のなく、隙のない接近。
一瞬でノークを間合いに捉えたデルマーノは捻りこむように右拳を打ち込んだ。
狙いはノークの右胸――。
一応、殺さないようには気を付けているらしいが、やはり、手加減をする気はないようである。
デルマーノの凶拳がその師へと当たる瞬間、誰もが哀れにも吹き飛ぶ老体を予感した。
しかし――、
――ダァンッ!
「…………。……え?」
アリアの口からは自然とそんな少し間抜けな声が漏れてしまった。
だが、それも仕方のないこと。
轟音と共に酒場の壁に叩きつけられたのは殴りかかったデルマーノだったのだ。