元隷属の大魔導師 219
そう言うとケラケラ笑うフローラが頼もしく見えた。
実を言うと――アリアは不安だったのだ。
デルマーノを、元隷属の民たちの心情はいくら努力しても理解できないからだ。
(……いや、努力していると勘違いしているだけなのかもしれない。理解しようとすること自体が間違っており、ただの偽善でしかないのかもしれない)
自分は貴族。
奴隷を生み出し、苦しめた張本人……。
それはこの世に生を受けたときから消すことのできない、魂に押された烙印なのだ。
こんなひねくれたことを訊ねたら、フローラはなんと答えるのだろう?
予想もつかないが、少なくとも自分よりはよっぽどマシな答えを出すはすだ。
「……ん?」
フローラは首を小さく傾けた。
いつの間にかアリアはフローラの顔を凝視してしまっていたのだ。
左頬に小さな可愛らしいえくぼを浮かべて訊ねるフローラ。
「どしたのよ、そんなジロジロと……」
「実は…………。いいえ、なんでもないわ」
「んふふ〜。デルマーノ君のこと、でしょ?」
「っ?」
言いよどみ、改めて機会を見つけて訊ねてみようと思ったアリアはフローラに図星を指され、目をむいた。
クツクツとフローラは笑う。
「驚いた?でもさ、アリアが悩むことなんて八割方、デルマーノ君のことでしょ?」
「ひ、人を色ボケみたいに……」
失礼な。
これでも、いろいろと考えを巡らせているのだ。
エリーゼ姫のこととか、シュナイツやカルタラのこととかっ!
……ま、まぁ、いまの悩みはデルマーノのことだけど。
「特別に、なにってわけじゃないんだけど……」
アリアは視線をそっと落としてモジモジと両手の指を絡ませる。
フローラはそんな親友の姿に吹きだすと言った。
「女同士の恋バナなんてそんなもんよ」
「そ、そうなの?」
「そうよっ。お堅いアリアさんとは初めてだけどね」
「お堅い、ね……」
アリアは頬を小さく綻ばせた。
そうだった。
デルマーノと出逢うまで、自分は一度たりとも異性を意識したことがなかった。
それが、いまではフローラではないが、恋に悩む――まるで、乙女ではないか。
頭半分ほど、背の高いフローラを見上げるとアリアは言った。
「……デルマーノがね、変なの。今度の遠征にウェンディに行くって聞いたとたんに……」
「ウェンディ?ああ、私らの付き添いなんだ。でも――それのどこが変になるのよ?」
「きっと、デルマーノがウェンディの出身だからだと思う」
「ああ……言ってたわね、前に……」
「ほら、奴隷だったから、デルマーノ……」
「それで、嫌な思い出があるから変になった?」
「かなって。彼、奴隷の出身自体はどうとも思ってないみたいだけど――やっぱり、許せないんだと思う」
アリアは目を伏した。
フローラはパチパチと瞬きすると訊ねる。
「それで、アリアがなにを悩むの?」
「えっ?」
意味が分からない、とアリアはフローラを見つめた。
「だから、アリアの悩みはなんなのよ?」