元隷属の大魔導師 214
「ア、アルマニエさん。こんにちわ、です。デルマーノさんをお借りしてます」
ペコリと頭を下げるヴィッツにアリアは微笑んで、挨拶を返した。
改めて見るまでもなく、ヴィッツはシャーロットが言うように身長が低かった。
もちろん、シャーロットよりは高いだろうが、それでも、男性どころか女性の平均値よりも低いかもしれない。
彼の家名は『バルカノン』。
確か、バルカノン公爵の側室の子だと聞き及んでいた。
しかし、例え妾の子だろうが、公爵の息子――平民のデルマーノはもちろん、並みの貴族などよりも身分は高い。
だからこそ、二十歳前の少年が近衛局最高位の女王付き近衛隊長の秘書官の任に就いているのだが、それなのになぜか彼は天と地ほどもの差のある身分のデルマーノと仲が良かった。
また、貴族嫌いのデルマーノがヴィッツと付き合うことも、それはそれで意外だ。
――とにかく、異様ながらも交友があるのは確かだった。
「あ、あのっ、僕はお邪魔でしょうから……これで、失礼しますっ」
「そんな……別に気を使わなくても……」
「い、いえ……」
ヴィッツはアリアの登場に慌てて、立ち上がると机の上に置かれた数冊の本を抱える。
チラリ、とその本の表紙を見たアリアだったが、そこに記された文字を読むことは適わなかった。
ただ、一つ二つ、見覚えのある文字があり、古代語や魔導言語と呼ばれる、魔導師が扱う言葉であることだけは分かる。
――近衛隊長の秘書官であるヴィッツが魔法を?
アリアは怪訝な面持ちでデルマーノとヴィッツとを交互に見比べる。
ヴィッツは「うっ……」と呻き、そして、バツの悪そうに頬を掻くとアリアへと席を譲り、逃げるように食堂を出て行った。
「………」
そんな、まだ少年の歳である秘書官の背中を黙って見つめるアリア。
「座らないので?」
「え?……あ、うん」
そんな赤毛の女騎士へデルマーノは先程までヴィッツが座っていた椅子を指して、訊ねた。
アリアはあわてたように頷くと腰掛ける。
デルマーノは目の前に詰まれた魔導書――アリアにもそれぐらいは分かる――を脇に寄せた。
そして、再び、訊ねる。
「それで、何か?」
「……と、特に用事はなかったんだけどね。ほら、最近……あんまり、二人で……」
当初はデルマーノの慇懃な仮面の意味が分からなかったアリアも最近は、その意味をおおよそ、理解している。
彼は必要に応じ――なくても、案外、好き勝手なことをする。
それこそ、平民(元隷属)だったら、即刻、追放または刑罰が与えられるほどのことを日常的に、だ。
だが、デルマーノは一度もそのような対象になったことはないし、対象の候補に上がったことすらもないだろう。
そのための慇懃の仮面だ。
本当に好きなことをするために、少々の――流石にマネをしようと思わないくらいは面倒臭いが――手間は厭わない、ということである。
しかし――本心を言えば、二人でいるときくらいはその仮面も外して欲しい。