元隷属の大魔導師 212
ワータナー諸島王国での一件から二ヶ月が過ぎようとしていた。
シュナイツ女王セライナは容態こそ安定したものの、公務への復帰は未だ、予定されていない。
それでも、一命をとりとめ、幾度か民にも顔を見せたこともあり、混乱はすぐに治まった。
それは近衛騎士局内でも同じで、それぞれの主君の公務が増えたことを除けば大した変化はなかった。
しかし、個人――というレベルならば、また、別だ。
――コンッコンッ
「失礼。デルマーノは……いない、ようね」
近衛魔導隊待機所の薄い扉をくぐったアリアは室内へと視線を巡らした。
目当ての人物がそこにはいないことを悟ると、そっと嘆息する。
そんな女騎士へ幼い娘の声で疑問が投げかけられた。
「あれ?アリアと一緒じゃなかったの?少し前に出てったから、てっきり……」
真血種の吸血鬼――シャーロットであった。
以前は腰どころか、尻の辺りまで伸びていた青髪を胸の高さで切り揃え、それでも、枝毛一本もない艶やかさは健在である。
隊員が一人増えたことで、近衛魔導隊の待機所にはデルマーノ、ヘルシオのモノに加え、さらにもう一つ、事務机が追加された。
その、新品の席に座った少女は首を傾げている。
「ええ。朝、会ったきりよ。でも、ここじゃないとすると……」
「食堂じゃない?ホラ、あの、チビの――」
「……ヴィッツ君?」
シャーロットは宙に視線を漂わして、脳裏に浮かんだ人物を形容する。
そんな人物に心当たりのあったアリアは試しに答えてみた。
「そうそう。その……ヴィッツ君?と一緒じゃないかな?」
「ああ。なら、食堂ね」
アリアは自分の胸ほどの身長しかないシャーロットに『チビ』と形容された女王付き近衛隊長の秘書官の少年に心の中だけで同情しながらも、頷いた。
最近――といっても、アリアが気付いたのが最近なだけであって、もしかしたら、随分前からかもしれない――デルマーノはそのヴィッツという秘書官と仲が良いのだ。
週に一、二度ほど、二人っきりで食堂の端のテーブルに座って、こそこそと何ごとかを興じていた。
「にひひっ……随分、仲良いよね?もしや、あれが噂の衆道ってやつ?」
「シャ、シャーロットっ?貴女、何を……」
アリアは幼女然とした、自分の倍以上の歳の吸血鬼の台詞に耳まで真っ赤にして、叫んだ。
衆道――男色のことである。
なんてことを言うのだ、この少女は。
想像してしまった。
…………。
身長が高く、筋肉質ながらも細身なデルマーノと少女のような中性的なヴィッツ――。
「……どしたの、アリア?頭をブンブンと振って?」
はた、と気が付くとシャーロットがジト目を送ってきていた。
どうやら、脳内の桃色の想像を身体が拒絶しよう、と無意識に頭を振り乱していたようだ。
アリアは紅潮した頬を手で撫でながら、言う。
「い、いえ……なんでもないわ」
「ふぅん。アリア、お兄ちゃんと上手くいってるの?男に盗られるなんて、洒落に――」