元隷属の大魔導師 207
それは平民の一般家庭の者はもちろん、貴族ですら常飲することができる者は少ないだろう、そんな代物である。
だから、エリーゼはこの元隷属のまだ若き男が親しんでいることに驚きと若干の憤りを覚え、文句を言ったのだ。
しかし、デルマーノは飄々と答え、加えて貴族批判をした。
当然、エリーゼが聞き逃せるような台詞ではなかったが、それでもシュナイツの姫は鼻であしらうだけで我慢し、嬉々とスキットルに口をつける。
「……っ!、〜〜はぅぁ」
口内を芳しいオークの香りが支配し、アルコールが食道を灼いた。
すると先ほどまで胸の辺りにつっかえていた鉛のようなモノがスゥ……、と溶けていく。
母の容態を聞いてから知らず知らずの内に筋肉が凝っていたのだろう。
エリーゼは胸の内で目前の若き魔導師に礼を漏らした。
もちろん、口にはしないが。
「……ま、まぁまぁね。高いんだから美味ひいのは当然、らけ……ど?……」
「ッ――エリーゼ様っ?」
悪態を垂れる主君の呂律が突如として鈍り、近衛騎士エーデルは慌ててその細い肩を抱いた。
「エー……デル…………ぅ、すぅすぅ……」
「エリッ――お眠りになっただけ?でも、なぜ?」
突然、体重を己へと預けたエリーゼにエーデルは驚き、しかし、ただ眠り込んだだけだと知ると次にデルマーノへと懐疑的な視線を送った。
デルマーノは口元をにやけさせて言う。
「ヒヒッ……ダメだなァ、このお姫様は。食いもんや飲みもん――特に他人から手渡された好物を疑いもせずに口にするんだからよ」
「デルマーノ隊長……貴方――まさかっ!」
「はっ!毒でも入れられたかと思ってんのか、本気で?」
デルマーノの台詞から推理し、ある結論に辿り着いたエーデルはエリーゼを抱えながらも器用に愛剣の柄に手をかけた。
だが、デルマーノの言葉遣いとは裏腹に真剣な双眸を見つめ、すぐに柄から手を放す。
この状況でデルマーノがエリーゼへ危害を加える必要性がないと判断したのだ。
エーデルが警戒を解くのを確認したデルマーノは「イヒッ」と口角を吊り上げて笑う。
「……眠ってもらっただけだ。起きていたって、いろいろ考えるだけだろ?嬢ちゃんまで倒れちまったら……なぁ?」
最後の疑問はエーデルの背後、第二王女ミルダへと送られたモノだったが、エーデルにはこの青年の意図が分からなかった。
しかし、ミルダが息を呑んだ事実だけは分かる。
クツクツと喉の奥で意地の悪い笑いを漏らし続けるデルマーノへさすがに我慢も限界なのか、ミルダの近衛、メルシーは剣に手を伸ばして威嚇した。
デルマーノはその姿を見て、今度は口を大きく開けて爆笑する。
「イッヒャヒャヒャ……相手にならねェよ、あんたらじゃ。カスほどの魔導しか使えない王女と第一王女付きにはなれなかった落ちこぼれだもんよォ。イヒッ!」
「貴様――っきゃあ!」
隷属出身の者に貴族である自分が侮辱されることは堪らないのだろう、メルシーはアルゴの背を駆け出そうと膝立ちになった。