元隷属の大魔導師 206
エーデルは驚き、声を上擦らせた。
しかし、デルマーノはそんな女騎士の背後に座るメルシーとミルダを一瞥しただけで、平然と食事を続ける。
「はっ……ここは王宮でも、シュナイツ保有の客船でもねぇ。俺の竜の背中だ。違うか?」
「それは、そうですが……いえ、そうですね。ところで、あとどれくらいでシュナイツに辿り着けるのでしょう?」
エーデルはデルマーノの言い分に絶句し、最終的に折れた。
そして、本題に移る。
「そうさな。半日もかからねぇよ、今のアルゴだったらな。それにな……」
デルマーノはすぐ後ろに座るエリーゼへと双眸を落とす。
その魔導師の視線に気付き、うつむいていたシュナイツ王国の第一王女は顔を上げた。
それは普段の快活な印象からかけ離れた弱々しいものだった。
デルマーノはエリーゼに向けるモノとしては珍しく、穏やかな口調で続ける。
「まぁ、セライナ女王は死にゃしねぇさ。大陸でも最高の医療を受けることができるんだからよ」
「……だからって、分からないじゃない」
エリーゼもこの性悪魔導師が自分に気を使っているのはわかっていた。
それでも、口からは悪態が漏れる。
「ヒヒッ……そりゃ、俺には正確なところはわかりゃしねぇよ。ただ、気に病んだって、速く着けるわけじゃねぇんだ、意味ないのさ」
「はぁ?なにを偉そうに――」
「ま……落ち着け。飲むか?」
デルマーノはエリーゼをからかうようなことはせず、真摯な表情をしており、反対に虚を付かれたような顔の第一王女へと懐から取り出したスキットルを渡した。
手渡されたソレをエリーゼは観察する。
白く、おそらく錫だろう、自分のあまり広くはない両手になんとか収まる程度の大きさだ。
中身は当然、液体であり、残りは半分ほどである。
そして、これがなにより重要であったのだが、船での移動中とはいえ近衛魔導隊は近衛隊と同じく、常時任務中なのだ。
エリーゼとエーデルの主従は揃って、ジト目を鞍の先頭に座る魔導師へと向けた。
「このっ――不良ッ、アル中ッ!飲酒だなんて、国の任務をなんだと考えているのよっ!」
「別に酔うほど飲めゃしねぇよ。それより、飲めよ。葡萄酒の蒸留酒だぞ?今のおまえにはうってつけだ」
「ブランディ?…………しかたないわね。い、いただくわ」
「……この姫様、ブランデー好きなんだとアリアが言ってたんだ」
デルマーノは情報源である恋人の名をその二人の上司へと教えた。
エリーゼは唇を尖らせ、エーデルは呆れたように微笑む。
しかし、シュナイツの第一王女は手中の好物の誘惑には抗えず、ブツクサと文句を口にしながらもスキットルの蓋を回し開けた。
「……、〜〜っ!奴隷ッ。あんたはなんで、こんな高級品を持ってるのよっ!」
「それは俺が金持ちだからだ。それに貴族と違って見栄のために家や家具や服に無駄金を使わねぇからな、俺ゃ」
「……ふんっ」
鼻腔をくすぐった独特の甘い香りにエリーゼは中身のおおよその値段を把握した。