元隷属の大魔導師 202
「そうさな……リッチってのは魔導生物のある極致なんだ。純然たる魔導の行使者として右にでるものはいない。この本の著者――アルサンドロスは六大魔導、黒真珠の師匠だと言えば凄さは分かるか?」
「黒真珠の……ほんとに?だったら、それこそ大魔導師じゃないっ」
「そうだな。だが、そのあまりある魔力を持つリッチにのみ行使を許された禁断の術がある」
「禁断の術?」
アリアは首を傾げたのを目にしたシャーロットは口を挟んだ。
「そ。死霊術『ネクロマンサー』」
「しりょっ……って……」
「アンデットは己の魂を三人の魔王の誰かに捧げることによって生まれる。その、魂を操るっつー魔法のことを死霊術というんだ。簡単に言や、魔王の代行ができるってことさ」
「……当たり前なんだろうけど、それって、ヤバいわよね?」
「ああ。だから、シャーロットも言ったんだ。教会から目の敵にされる不死生物の中でも不死王『ノスフェラート』に続く嫌われもんだからな。イッヒッヒッ……」
喉の奥でクツクツと笑う愛しき男にアリアは叫ぶように詰め寄った。
「笑い事じゃないわっ!どうするよ、これからっ?」
「そのための――コイツさ」
デルマーノはトントン、と指で『アルサンドロスの手記』の表紙を叩いた。
アリアは目前の魔導師のその余裕が気になり、訊ねる。
「どういうこと?」
「コイツの最後の方には当然、死霊術の奥義が記されている。だがな、全編がそれだけってわけじゃない。初めの方にはアルサンドロスが不幸にもリッチになってしまってからの苦労とその対策が書かれているんだ。自分と同じ身の上になった奴のために教訓としてな」
「じゃあ、そこにはデルマーノが今まで通りに暮らせる方法が書いてあったの?」
「ま、な」
「そう……よかったぁ」
アリアは脱力すると安堵の溜め息をついた。
この邪悪で、非情で、それでも心の奥は優しさで溢れている魔導師が死霊術に手を出すとは思えなかった。
しかし、ならばカスタモーセはなぜにデルマーノへこのリッチのための魔導書を渡したのだろう、と訝しんだったのだが、もう答えは出ている。
皮張りのこの『アルサンドロスの手記』はデルマーノがまだ、人として生きていくうえでも必要なのだ。
だから、ウルスラも吸血鬼になったデルマーノを見逃した――そもそも、滅せれるかは別だが――のだろう。
アリアはデルマーノに肩を抱かれ、心地よさに目を細めながら、そっと口を開いた。
「……ねぇ、デルマーノ。私、貴方がどんなになろうともずっと一緒にいたいわ。だって、貴方は貴方だもの」
「ヒヒッ……そうか。俺もだ」
デルマーノは口角を吊り上げ、愛しき女の肩に回した腕に力を込めた。
アリアはコトン、と頭をデルマーノの胸に預ける。
そんな二人の恋人を見て、シャーロットは頬を膨らませた。
――ゥ〜〜ッ!バサン、バサッ、バサッ…………
そんな、穏やかな空気は逞しい羽音で切り裂かれる。
「なんだッ?」