元隷属の大魔導師 201
シャーロットは頬を膨らませてムスッとしたが、数分前にデルマーノが歌を制止した事情を知らないアリアは少女の台詞に首を傾げた。
そして、自分の存在自体がデルマーノの機嫌を多分に良くしていることもこの赤毛の女騎士は知らなかった。
「……ねぇ、なにを読んでるの?」
「ん?ああ……カスタモーセ――ウルスラの師匠から貰った本だ」
「あっ、出航の時に隊長が預かってきたヤツね?ここ最近、ずっと読んでるけど、どんな内容なの?魔導書?」
「…………まぁ、魔導書っつったら魔導書だわな」
デルマーノは表紙を晒した。
アリアは髪を耳にかけて覗きこむとその動物皮の本の表紙――手縫いのタイトルを読み上げた。
「リッチ、アルサンドロスの……手記?ねぇ、デルマーノ。リッチって?」
「リッチッ?……ああっ、そっか。お兄ちゃんはリッチだねっ」
アリアの問いを耳にしたシャーロットは跳ね上がるように起きるとデルマーノを指差して叫んだ。
そんな幼吸血鬼にデルマーノはジト目を送る。
「おい、シャーロット。俺が金持ちみたいな言い方すんなよな……アリア、つーか世の中のほとんどの人間は存在すら知らないだろうが、魔術師の吸血鬼のことだ」
デルマーノは己を指し示して言うが、アリアは疑問符を浮かべた。
「……?シャーロットやジルは違うの?」
「ああ。シャーロットの場合は産まれたときから、ジルは吸血鬼になった段階で魔導を習得しているからな。吸血鬼になる以前から魔導師だった奴だけなんだ、リッチってのは」
「それで、その……なんなの?」
「んまぁ、吸血鬼の亜種――特異体のことだ。吸血鬼に、不死生物になる段階で、魔力は向上する。圧倒的にな。だから、もともと魔導師だった奴がさらに魔力が高くなったってことで、別途に呼び名が付いたんだ」
「へぇ〜……」
アリアはまじまじと隣に座る魔導師を見つめた。
よくは分からないが凄いのだろう。
しかし、シャーロットが歩み寄ってきて、コソリと囁いた。
「……あのね、アリア。お兄ちゃんはああ言ってるけど、ほんとはもっとヤバいモノ――あぅっ!」
アリアが少女の声に耳を傾けていると脇から伸びた手がその吸血鬼の額を弾いた。
シャーロットは「うぅ……」と呻きながら、その手の持ち主、デルマーノをにらんだ。
「クソガキ、余計なことは口走るんじゃねぇ」
「余計じゃないもん!恋人ならアリアは知っとくべきだよ」
「そりゃ、そうだが……時期ってもんがある。第一、おまえが口出しする問題じゃ――」
「……どういうこと?」
シャーロットの両頬を摘み、左右に引っ張るデルマーノへアリアは訊ねる。
表情が曇っているのは、ただ事ではなさそうな雰囲気を察したためだ。
「ん、いや……そりゃ、」
「ふら、ほにぃちゃん……じきだひょ〜」
頬を引っ張られているため、上手く発音ができていなかったが、アリアにもこの真血種の娘が言いたいことが分かった。
デルマーノは舌打ちをすると従属する吸血鬼を軽く小突き、口を開いた。