元隷属の大魔導師 3
「あぅっ!」
落馬の衝撃に耐え、フラつく脚でなんとか立ち上がったのだが、手元に剣は無い。
馬から落ちた時に受け身を取るため、咄嗟に相手へ投げつけたのであった。
運良く敵の胸部へ命中し、戦力を減らせたが、もう抵抗する事はできない。
(終わり……ね…)
敵が見逃してくれる訳もなく、諦めたアリアは木々の間から見える晴天を眺める。
死ぬ間際だというのに心は静まっていた。エリーゼが無事に逃げ延びたか分からない事が唯一の心残りだが、しかたない。
その時、急に日が陰った。否、巨大な影が辺りを包んだのである。
男達の乗っていた馬が暴れ出した。それも当然である。影を作り出したのは小さな土蔵ほどはあろう大きさのドラゴンだったからだ。
妖魔種とは一線を画す幻獣の登場で男達は混乱していた。
けれどめ、アリアは非常に驚きはしたが、平静を保っている。剣で刺し殺されるのも、ドラゴンに噛み殺されるのも大して変わりはない。
ドラゴンはバサンッバサンッと逞しく翼を動かし、アリアと男達の間に着陸した。
そのドラゴンの背中を見たアリアはさらに衝撃を受けた。
馬に着ける鞍に似ているが、遥かに大きいそれの上にローブを纏った人が乗っていたのだ。
(……竜騎士?)
疑問が尽きないアリアはその緑色のローブの背をただ、見つめる。
「……ッ〜〜ゥヒッヒッ…」
ローブが小刻みに震え、中から声変わりはしているが、それほど年は取っていないだろう男の笑い声が聴こえた。抑えきれなくなったか、音量は大きくなる。
「ヒヒッヒッ……良いねぇ…実に良い!命を賭けた戦いを高見で見物する……最高だっ!イヒヒ………おい、女ぁ?」
ドラゴンの背に跨った挙動不審な男は振り向き、アリアに問いかける。ローブの裾から見えた男の顔は若く、ギラつく黒い眼が印象的であった。
「……何だ?」
「生きたいか?助かりたいか?」
その眼から視線を逸らす事が出来ず、アリアはその青年と見つめ合う形になってしまう。
アリアの答えが分かっているのだろう、青年の口調に疑問は含まれていなかった。
「面白いショーの礼だ。助けてやろう。イヒッ…」
青年のローブの右手の裾から槍が見えた。馬上騎士が持つ突撃槍(ランス)ではなく、歩兵や鎧騎士が使う戦闘槍(スピア)である。
「アルゴォッ!」
青年の呼びかけにドラゴンは一度、雄叫びをあげると口から炎を吐いた。
広範囲に非常に高温の火炎を吐くためドラゴンは最強の幻獣と呼ばれている、とアリアは学生の頃に文献で読んだことを思い出す。
その呼び名に恥じる事のない炎は一瞬で三人の男を馬ごと消し炭にした。
「…グオゥゥッ!」
ドラゴンがフッと吐いた溜め息にも熱が宿っていた。
ご苦労とドラゴンの頭を撫でると青年は鞍から降りる。
「…ヒヒッ!」
青年は残った三人の男達へ駿馬の如く駆け、擦れ違い様に高く跳んだ。
アリアの目は青年の赤いスピアが最低でも七度の斬撃を繰り出したのを捉えられた。