元隷属の大魔導師 194
「な、なんだ?」
上擦って答えるデルマーノにアリアは笑顔を向ける。
だが、デルマーノは彼女のその瞳から微笑みの感情を見つけ出すことはできなかった。
「二番目……って、なに?」
「……さぁ、な?身長、体重、もしかしたら、精神年齢――」
「ねぇ、デルマーノ……二番目って、なに?」
アリアはデルマーノの台詞を半ばで切ると同じ問いを繰り返した。
そんな女騎士の発する迫力に上司であるエーデルも、普段は主導権を握っていたウルスラも、恋人であるデルマーノも何も言えず、押し黙った。
これが人間が長い歴史の中で会得した処世術――空気を読むということだ。
そして、逆にいえば人間ならざる魔法生命体には備わっていない能力である。
「なに……って、アリア。決まってるじゃん。なに、はナニ、よ」
「ナニって……」
「んっ?セックス」
「…………」
デルマーノは自身の終末を悟った。
アリアの騎士にしては細めの肩が小刻みに震えている。
だが、やはり吸血鬼は空気を読まなかった。
「大丈夫だよ、アリア。私は二番目、ジルは――」
「そんな……私に順位など勿体ない。デルマーノ様の慰み者で十二分です」
いや、慰み者すら畏れ多い。ペットや玩具でも……、と金髪のメイドエルフは頬を羞恥に赤らめ、悦んでいるがデルマーノの知ったことではなかった。
なぜなら、人生の伴侶と決めた女騎士――アリアに首の裾を左手で掴まれ、空いたもう片方の拳が眼前に迫ってきているのだから……。
「デルマーノの――バカァアァァッ!」
クー、クー、と海鳥が鳴いていた。
波間を漂う鳥たちを見つめて、ふぅ、と ヘルシオは溜め息を漏らす。
なにせ、三日前に勃発した吸血鬼騒ぎの収拾に昨晩までワータナー諸島王国の方々へと回っていたのだ。
本当はたった二人の部隊の上司、デルマーノが行うべきだったのだろうが、行方知れずなのだ。
いや、正確をとせば自分にだけ行方を知らされてないのである。
例の件は二体の吸血鬼の支配権をデルマーノが握ったことで解決したそうだから、生存は確認されているはずなのだ。
だが、樹海から先に帰還したエーデルたちからは吸血鬼自体の紹介はされたが、デルマーノの行方を聞くとみな視線を反らすのであった。
「……はぁ」
ヘルシオは再び、嘆息する。
現在、彼はシュナイツ王国所有の大型帆船『海原を翔るイルカ』号の看板にいた。
昨晩はあまりの疲労感に寝付けず、荷物を纏めたりして夜を明かしてしまったため、自分だけ先にこの船に乗っているのだ。
港に碇泊した『海原を翔るイルカ』号の桟橋では先ほど、ようやく荷物を詰めた学院の生徒や騎士たちが乗船のチェックのため、二列に並んでいた。
その列の先頭付近にフローラの姿を見つけた。
アリアやエーデル、吸血鬼の主従も一緒にいる。
そういえば、フローラは真血種の吸血鬼、シャーロット・アングリフ・グレイニルと気があったようでここ数日、共にいる姿を幾度も目にした。