元隷属の大魔導師 192
「ほら、な。やっぱり、こうきたか」
「誤魔化さないでっ」
「うっ……」
アリアはデルマーノの肩を掴むとさらに接近した。
すでにこれは接吻するための距離だ。
本当にしてやろうか、ともデルマーノは考えたが、キスして、ここで上手くかわせたところですぐに二波目がくるだろう。
デルマーノは少なくともアリアとノークにだけは真摯な態勢をとるのだ。
「……ウルスラが言ったようにこの少女が真血種の吸血鬼、シャーロット・アングリフ・グレイニル。そっちの隷属種の方は知っているよな?」
デルマーノはアリアが首を縦に振り、肯定したのを確認すると続ける。
「俺はこの真血種――シャーロットとやり合って、まぁ、良いとこまでいったんだが、結局、ジルの横槍のせいで捕縛された」
「良いとこまでって……マジでっ?」
「マジだ」
ウルスラはデルマーノへとさも驚いたかのように声をかけたが、彼女が大して意外でないのは誰の目にも分かった。
きっと、自分を出し抜いた隷属種――ジルへの当てつけだろう、とアリアは推測する。
「んで、結局…………なんやかんやで隷属化契約を結ばされた」
「えっ?隷属って……」
「なぁ、ウルスラ。お前はいちいち、話しの腰を折らないとならない病気かなにかなのか?」
今度は心底、驚いているウルスラへデルマーノは呆れた表情で言った。
ウルスラはむっとして唇を尖らせたが、当のデルマーノはこの女助祭と言い争う気はないらしく、彼女が反論のために口を開く前に先制して続ける。
「だが、運が良かったんだろうな、俺には闇系統の儀式の効果を反転させる――裏技みたいなもんが備わっていて、現在、コイツらは俺に隷属している」
デルマーノはそこまで言うと猫でも持つようにシャーロットを引き剥がした。
首の後ろ辺りの裾を掴まれ、地面に下ろされたシャーロットは「むぅ〜」と唸りながら、服のシワを伸ばした。
アリアはそんな幼女然とした真血種を観察してみる。
透き通るような純白の肌にあまりにも長すぎる蒼色の髪。
しかし、その長い髪には不思議なことに枝毛が一本もなく、サラサラとした美しいモノだった。
そして、そんな体躯に黒色のシャツを纏い、朱く細いタイを巻き、ダーククリムゾンの膝丈のスカートを履いていた。
靴は木製ではなく、植物の蔦を編み上げたモノである。
派手さはないが、全体から高級な印象を受けた。
隷属種のジルにしたって着ている侍女服は簡素ながらも、生地は絹だ。
売れば市井の者が一月、遊んで暮らせる代金が手に入るだろう。
こんな樹海の奥にいながら大層、裕福な主従である。
「ほれ……自己紹介ぐれぇ、できんだろ?」
「お兄ちゃん?私の実年齢、知ってるでしょ?」
「イヒッ……見た目はガキだろ?中身もな……ヒッヒッ」
喉奥でクツクツと笑うデルマーノをシャーロットは頬を膨らませて抗議の視線を送った。
確かに、外内両方とも幼いようだ、とアリアは胸中だけで呟いた。
「シャーロット……」