元隷属の大魔導師 126
再び、サラダをフォークでつつき始めたアリアの只ならぬ雰囲気にフローラとヘルシオは絶句した。
これは下手に踏み込むことも出来ない、と二人はアリアの向かいに座り、黙々と食事を取り始める。
「………………」
カチャカチャと食器がぶつかる音だけが響く朝食も片付こうとした時、アリアはふっ、と視線を巡らした。
鼻孔に微かに薔薇の香りが漂ってきたのだ。
食堂には薔薇などないし、アリアの香水でもない。
確かこれはフローラが好んで使っている香水ではなかったか。
しかし、今日のフローラから漂う香りはクチナシである。
ならば、とアリアはパンを小さく千切り、小鳥が啄むように食べるヘルシオに注意を向けた。
「……………なるほど」
「?……はい?」
自分を見つめ、一人で納得するアリアにヘルシオは食事の手を止め、なにがだろう、と尋ねた。
「……ヘルシオ君、その……人前に出る前に身体を洗って――服も着替えた方が良いわよ?」
「ぅっ?………………………な、何故ですか?」
ギクリ、と肩を跳ね上げヘルシオは聞き返す。
隣に座ったフローラも顔を引きつらせていた。
アリアは頬を赤く染めつつもそんな二人にジト目を送って答える。
「………ヘルシオ君の身体から……昨日、フローラがしていた香水が……って、何を言わせるのよっ!もうっ!」
「す、すみませんっ!では、私はこれで………」
予想以上に恥ずかしかったのか真っ赤になり怒鳴ったアリアにヘルシオは慌てて謝ると食堂を駆け抜け、出ていった。
アリアは続いて目の前に座る親友に問い掛ける。
「…………ねぇ、フローラ?」
「な、なにかしら?」
「その………………………し、しちゃった?……よね………」
「あははは……い、勢いで………で、でもねっ!私はヘルシオ君の事を元々……」
「知ってるわ。前に自分で言ってたじゃない」
照れ隠しに笑い声を上げていたフローラはアリアの言葉にギョッ、とした。
そんなフローラの反応を受けて、アリアは彼女にしては珍しく、からかうように口角を歪める。
「覚えてないの?三週間くらい前かしら――ほら、酒場で飲んだ時に………」
「あっ!……ヘルシオ君とデルマーノ君が任務で出てた時、よね………うわぁ、言っちゃったかもしんない……」
思い当たる節があったのだろう、フローラは口を押さえて呻いた。
「あの時、フローラったらベロベロだったからね〜〜」
「うぅぅ……一生の不覚っ」
「ふふっ、それに……デルマーノからも聞いてたのよ。じ、つ、は♪」
普段、からかわれている仕返しなのだろう、更に、ニヤァ、と笑ったアリアにフローラはしどろもどろに尋ねる。
「な、なに…を?」
「フローラがヘルシオ君の誕生日やら好物やらを根掘り葉掘り、聞いてきたこと」
「うぐ………デルマーノ君。口、軽すぎるよぉ……」
「まぁ、デルマーノって、ああ見えて他人の色恋に疎いからさ、フローラがヘルシオ君に毒を盛ろうとでもしてるって思ってたみたいだけどね」
「ど、どくぅっ?」