元隷属の大魔導師 109
「……取っとけ」
「えぇっ?……で、でもっ………あの、」
「けっ………取っとけ、つってんだから取っとけ。俺ゃ、必死な奴が好きなんだよ」
「は……はいっ!ありがとうございますっ!」
何度も深く頭を下げるローにデルマーノはヒラヒラ、と手を振る。
ローは瞳を潤ませ、大事そうに銅貨をエプロンドレスのポケットにしまうと厨房に戻っていった。
感激し過ぎのような気もするが、会って間もないアリアの目から見ても危なっかしく見えるローなのだ、褒められたのがそれ程、嬉しいのだろう。
「でも………」
「……あん?」
「意外だわ。他の人ならまだしも貴方が彼女にチップを上げるなんて……」
「はっ………言っただろ?必死な奴が好きだって。アイツの必死さは似てんだよ」
「…………誰に?」
「はぁ………誰って…お前だよ、アリア」
呆れ顔で指さされたアリアはふと、言葉の意味を思案する。
「………………それって……つまり…」
「そういう事だな」
「……っ〜〜〜、もうっ!」
「ヒッヒッヒッ……んじゃ、食うかね」
間接的な告白に身悶えるアリアを十分に観賞したデルマーノは木槌で勢いよく、塩のドームを叩き割った。
軽快な音を立て、割れた塩の中から蒸し焼きにされた羊とフルーツ、そしてこれまで嗅いだことのない独特な香辛料の匂いが溢れ出てくる。
何度か違う箇所を叩き、割れた塩を完全に払うと子羊のももが丸々一つ、現れた。
中には果実が包まれているのだろう。
「はぁ〜、おいしそうっ…でも………全部、食べれるかしら?デルマーノはもう、夕食を食べちゃったんでしょ?」
「ん?………まぁ、な」
デルマーノの曖昧な言い方にアリアは首を傾げる。
「実を言うとな……」
デルマーノは身体を机の上に乗り出すと小声で言った。
「教会の粗食じゃ……腹は全然、満たされねぇのよ。近頃、やっと貴族の飽食に身体が慣れてきたとこなんだ」
「っ!」
アリアはデルマーノの聴く人間が違えば最悪、貴族や王制への反逆とも取られそうなギリギリの発言に一瞬、目を見開くが彼が悪戯を終えた少年のような顔をしていることに気付き、緊張を解す。
「…くっ……ふふふっ」
「イッヒッヒッ……」
アリアの自然と漏れた笑みにデルマーノも吊られて笑った。
「さ〜て……食うぞ?」
「……ええ」
アリアは頷くと二人分の皿に羊肉と果実を取り分けた。
「ありがとうございましたっ!またのご来店をっ!」
「おぅっ……機会があったらな」
「ごちそうさま。美味しかったわ」
会計を済ませたデルマーノとアリアはローの快活な声に見送られ、店を出た。
通りは来店した時に比べ、少し人が減った印象を受ける。
その時、月光に照らされた繁華街に夜でも尚、温暖なワータナー特有の暖かい風が吹き抜けた。
「………ふぅ、良い風だな。少し歩くか?」
「ええ。もう少し遅くなっても大丈夫だと思うし……」
アリアも流石にフローラに言われたように朝帰りをするつもりは更々ない。