元隷属の大魔導師 110
しかし、あと一時間……いや一時間半は大丈夫、だと思う。
デルマーノはアリアの心情を見透かしたようにイヒッ、と犬歯を見せて笑うと右肘を差し出した。
アリアはスッ、とデルマーノの肘に左腕を通し、頭を軽く彼の肩に乗せる。
服越しに伝わる体温が心地良い。
「………さっきの話しの続きなんだが……」
「……さっきの、話し?」
「エリーゼ姫様とリーゼ女王陛下が仲が良い、って話しだ」
「えっ?ええ……それがどうしたの?」
「………俺ゃ、大してエリーゼの事は知らねぇんだが……アリアは違うだろ?」
「も、勿論よっ。私と姫様はそれこそ……姫様が御誕生になさった時からの主従よ」
アリアは突然、何を言い出すのだろう、とデルマーノの顔を見た。
デルマーノはアリアの目を見つめ、続ける。
「んなら……その主の人を見る目、信じられるか?」
「…?………っぁ…」
そういう事か。
デルマーノは自分に主であるエリーゼ姫を信じれるならばその友人であるリーゼ女王も信じろ、と言いたいのだろう。
なるほど、それならば……。
「リーゼ様が真の暴君ではない……その貴方の推論、私も信じるわ」
「イヒッ!………そうかい」
「でも……なんで、そんな事を?」
「言ったろ?この国ゃ、近い内に民衆による変革が起きる。それは、当然っちゃ当然だ。どの国も国民の九割以上が平民であり、王の悪政で貧困に喘ぐのも平民なんだからな。んで、いくら良い武器を持ち、鍛錬を積んだ騎士だろうがその何十倍もの人間が死ぬ気で攻めてきたら保たねぇ。アリア……そんな時、王は何をすると思う?」
「えっ?………えぇ〜…と………」
アリアはデルマーノが言わんとする事を想像する。
話しの流れからして自分に関係のあることなのだろう。
「……………ぁ……」
「………ん?」
「近隣諸国に助けを求める、かしら?それこそターセルの時みたいに……」
「イヒッ……イッヒッヒッヒッ………正〜解。しかも今度は同盟国同士で尚且つ、王族同士に親交がある。ターセルん時なんかとは比べものになんねぇ数の増援をするだろうなぁ。んでその軍の筆頭はワータナーの女王陛下と仲の良い……」
「っ………姫様…そして、私達?………」
「に、なんだろうなぁ。だから俺ゃ、アリアに聞いたのよ。この国に対する態度をなぁ?」
「………あぁ…」
アリアの小さな口から得心した溜め息が漏れた。
その吐息には微かに憂いが含まれている。
大海を挟んだ遠い他国の話しだと思われていたこの国の民達の貴族への敵愾心がここに来て、一気に自国の、自身の問題へとなったからである。
「…でも………それでも……」
「……あん?」
「例え、このまま事が進めば私がこの国の人達と戦わなければならないとしてもっ…………私は、姫様を信じるわっ!」
アリアは立ち止まり、デルマーノの両肩をグッ、とそれぞれの手で強く握ると彼の瞳を見つめ、宣言した。
デルマーノは驚き、瞼をパチパチと動かしてアリアを見つめ返す。