元隷属の大魔導師 108
すると、その微笑みを見たデルマーノは一瞬、硬直したが、すぐさまガシガシと乱暴に頭を掻くと椅子に音を立てて座った。
照れ隠しだ。
「………ふふっ」
「……んだよ」
可笑しそうに笑いを漏らすアリアにデルマーノは不満そうに唇を尖らせるしかなかった。
二十年も生きていれば分かる。
結局、男はイイ女には勝つ事は出来ないのだ。白旗を上げ、降参するしかない。
「……ねぇ、どう?」
「ん?………似合ってんよ。ほれ……」
デルマーノは口の中で熟練の魔導師らしくモゴモゴすると右手の人差し指で宙に兜大の円を描いた。
円の中央に初めは小さな白い点が現れ、次第に周囲の光を吸収しながら渦を巻くと大きくなっていった。
グングン、成長する光はデルマーノの描いた円周にたどり着くと拡大を止める。
すると、今度は渦が中心から水面の波紋のように晴れていった。
「………ぅ、ぁ……」
アリアが感嘆の溜め息を吐く。
目の前には宙に浮く、楕円の光の鏡が現れたのだ。
「別に………魔術を使わなくても……」
「気にすんな、気にすんな。魔力はクソ程も使っちゃいねぇ。んなことより……どうだ?」
デルマーノは鏡を指差し、覗くことを勧めた。
アリアは鏡を覗いてみる。
そこにはいつも通り、赤毛を肩で纏めた女騎士がこちらを見つめていた。
唯一、見慣れないのは胸元に映えるネックレスだけである。
赤毛に銀の軽鎧、白金とビードロのような宝石はこれ以上ないという程、品の良い色調だった。
「わぁ………デルマーノ。ありがとっ」
「けっ……」
再び、アリアの眩むような笑顔を向けられるとデルマーノは頬を赤くし、在らぬ方をふいっ、と向く。
そんな彼の態度はどんな讃美や世辞の言葉よりもアリアを嬉しくさせた。
その時……。
「あの………お、お待たせしました……」
「ひゃっぅ……」
二人の世界に浸っていたアリアは突如、現実へと引き戻され、悲鳴を上げる。
声の主は光の鏡の向こう側にいた。
ふぅっ、とデルマーノが光の鏡に息を吹きかけると溶けるように鏡は消え失せ、白いドーム上のモノが乗った大皿を抱えたこの店の給仕、ローが姿を現す。
「わっ………わっ……」
目の前で起きた魔導の奇跡に親しみのないローは歓声と困惑の入り混じった声を上げた。
「………落とすなよ?」
「あぁっ!……は、はいっ…」
あたふた、という言葉が聴こえそうなほど慌てて、ローは大皿を机の中央に置いた。
「おお、お待たせ…しました……こっ、子羊と果実の岩塩包みですっ」
ローはドモリながらも精一杯、注文された品名を告げる。
続いて脇に抱えた取り皿と木槌をテーブルに置き、外国から来た客への義務なのだろう食べ方を説明し始めた。
「こ、こちらの木槌で……その…塩の壁を割って………えっ…と……」
「ん、ああ……いいよ。知ってからさ」
デルマーノはローの説明を遮る。
自分が要領よく話せなかったせいで気分を害したのかと、不安げに眉根を寄せるローにデルマーノは口の片方の端を上げ、笑うと銅貨を三枚渡した。