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聖剣物語
官能リレー小説 - ファンタジー系

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聖剣物語 112

「あの…ご迷惑おかけして申し訳ありません」
メリサリムは店主に頭を下げながら金を払う。
「あぁ!いやいやとんでもない。頭を上げてください。こちらも商売です。お金さえ払っていただければ何も言いませんがね…」
店主はハァ…と一息ついて続ける。
「…でも正直言って、あの人はもうこれ以上お酒は飲まない方が良いと思います。いや、酒場の主人の言う事じゃないのは承知の上ですがね。あの人の飲み方は尋常じゃない。まるで辛い現実から酔いの世界に逃避しているようです…」
「はあ、逃避…ですか」
「絶望した人間は酒に溺れます。あの人、ああなる前に何か嫌な事とか辛い事とかがあったんじゃないですか?」
「……」
メリサリムは考えてみた。思い当たるフシは無い訳ではない。
「心当たりがあるなら、その現実と向き合わなきゃダメです。辛い事でしょうがね。酒に溺れた人間の末路は悲惨です。廃人ですよ。あの人には恐らくもう自力で立ち直る力は無いでしょう。彼を救い出してあげられるとすれば、それは恐らく最も身近にいるあなた方だ。大丈夫、あの人はまだ若い。いくらでもやり直しは効きますよ」
「そうか…私達が…私達が勇者様を助けてあげなきゃいけないんだ…」
店主の話を聞いたメリサリムは自らに言い聞かせるようにつぶやく。
「グスン…で…でもぉ…私達に一体何が出来る事というのだ…?」
ずっと泣き伏せっていたシスカが、ようやく立ち上がって尋ねた。店主は答える。
「酒を止めさせる事…それが回復への唯一の道です」
「た…たったそれだけで良いのか!?」
「たったそれだけですが、これが意外に難しいんですよ。既に酒は彼の一部となっています。それを強制的に排除する訳ですからね…彼にとっては正に地獄の苦しみを味わう事になるでしょう。彼が泣いて『酒をくれ!』と懇願して来てもあなた方は無視出来ますか?」
「じ…自信無いなぁ…」
弱気なシスカ。だがメリサリムは言った。
「でも、それしか方法が無いと言うなら…私やります!勇者様がまた元の勇者様に戻ってくれるなら、私は鬼にも悪魔にもなって見せますよ!」


さて、当のバンであるが、アレイダに半ば抱きかかえられるようにしてカルパシア王国の王城であるカルパス城へと帰って来た。
この半年、一行はこの城に客分として逗留していた。
当初こそバンを疑っていたカルパシア王と臣下達であったが、バンが真実勇者と証明されるや否や打って変わって大歓迎モードに転換、連日連夜に渡って盛大な宴会を催して一行を歓待したのであった。
カルパシア王家は大元を辿ればゼノン皇家から分家した家柄である。ゼノン帝国の開祖ディオン大帝はバンの持つダモクレスの聖剣と同格のカシウスの聖剣の使い手…それでこの歓待ぶりである(もちろん政治的意図も多分にあったのだろうが、そんな事バン達には関係無かった)。
そしてこれに気を許したバンは「どうかいつまでも居てくれ」との国王の言葉を真に受けて長期逗留を決定。この王都を拠点に「未だ所在の判らない第三の聖剣を探そう!」という事になった。

そうした理由は単にカルパシア王の待遇が良かったというだけではなかった。ゼノン帝国から聖剣の貸与について色よい返事が貰えなかったのだ。
ゼノン皇室は聖剣をバンに託す気は無い…それは事前にシスカがゼノン皇帝に対して送付していた書簡の返書によって判明した事実であった。
無理も無い。ゼノン帝国にとってカシウスの聖剣は国を開いた英雄ディオン大帝が使用していた…いわば国宝なのだ。いくら国祖と同格の聖剣の使い手とは言え他国人…しかも辺境の小島国の人間に「はい、どうぞ」と渡す訳が無かった。

…そんな訳で一行はもう半年近くもカルパシア王国に滞在していた。
「「お帰りなさいませ、バン・バッカーズ殿!」」
城門を警備していた二人の衛兵が敬礼して出迎える。
「ぃよう!へぇたいくん!ほんじつもぉごくろおぉ!」
「ほら、行くよ」
アレイダに支えられてフラフラと覚束無い足取りで城の中に入っていくバン。その背を見ながら衛兵達はハァ…と小さく溜め息をつく。
「あれが聖剣の勇者かよ…」
「陛下も何だってあんなのを…」
アレイダの耳にはそんな囁きが聞こえたが、悲しきかな何も言い返せなかった。

「ほらよっ!」
バフッ
バンを彼の寝室まで連れて来たアレイダは、バンを天蓋付の豪奢なベッドの上に放り投げた。
「もっとてぇにぇにあちかえよぉ…」
「黙れ酔っ払い。良いから少し大人しく寝てな」
「う〜ん…」
アレイダはバンの上着を脱がせて布団を掛けてやると寝室を後にした。

「ハァ…あいつ、何であんな腑抜けになっちまったのかねぇ…あのマティウスって剣士に一度負けたくらいで…」
廊下に出たアレイダは溜め息混じりにつぶやく。
バンが酒に溺れ始めたのは、この城に滞在し始めてから少し経った頃の事だった。
切欠は一体何だったのだろう…?
アレイダは記憶を辿って考えてみる。
確か最初はマティウスとの戦いで受けた頭の傷が痛む度に酒をバカ飲みしていた…。
それは痛みを忘れるため?
それともその痛みによって思い起こされる敗北の屈辱感を忘れるため?
あるいはあの戦いで初めて感じた死への恐怖を忘れるため?
…今となっては知りようも無い。ただ、バンの中に生じた心の闇は、今やどうしようも無いくらい大きな物になってしまったという事だけは確かだった。

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