海で・・ 57
秀人の姿が見えなくなった。
「ふぅ…」
溜息が出た。
呆れていたのか、脱力したのか分からないが、朝から余計な力を使ってしまった。
「よし」
隣で真帆がそう呟いた。
「真帆?」
「ごめんね、一馬くん」
「いや、真帆のせいじゃないと思うよ…あいつだっていろいろやってきて…」
真帆は僕の言葉を遮った。
「一馬くん、今日私学校休む。先生と、茜や初音にそう伝えといて。ごめんね!」
「へ?真帆!?」
「明日から新しい私に生まれ変わるんだ!期待しててね〜!!」
そう言ってどこかに走り去っていく真帆。
「な、なんなんだ…?」
僕は一人、呆然と立ち尽くすだけだった。
―仕方なく、一人で学校に行く。
朝からいろいろあって時間を浪費したが、ギリギリで間に合った。
「おはよ、遅かったね」
声をかけてきたのは野上さんだ。
「まあね」
「ところで、真帆がまだ来てないけど、何か知ってる?」
「ああ、実はね…」
今朝の出来事をそのまま話す。
「ふーむ」
野上さんの背後から声が。
木崎さんだ。
「…あいつもいろいろやっちゃったってことね」
「自業自得のような気もする」
正直、僕も野上さんと同意見なところはある。
「でも、アメリカで修行して、認めてもらうよう頑張るって、あいつも男だねー」
「まあね」
「それと真帆の休みは何が関係あるのかな?」
野上さんが首を傾げる。
「失恋した女の子は、いろいろと変えたいことがあるのよ」
木崎さんが意味深なことを言う。
「茜、あんたまさか…」
「違う違う」
「それでも」
木崎さんが、僕の右肩にポンと手を置く。
「私としては、あるべきところに落ち着いたと思ってる。真帆ちゃんをよろしく、ってのは、ちょっと不本意だけど、戸山と同じ気持ちね。鈴木くんが付き合ってる年上の彼女さんも含めて、皆を幸せにしてあげて。鈴木くんなら、きっと出来ると思うよ」
木崎さんはニコニコ笑っているが、口調はやけにまじめだった。
「ああ…」
真帆のことは、僕が何とかして、頑張ってみる。
それよりも、もうひとつ確認したいことがあった。
クラス担任であり、アヤさんの実の姉である森中先生…唯さんに、聞きたいことがあったのだ。
―しかし。
教室にやってきたのは、副担任の末松智子先生だった。
この人も、唯さんと同年代くらいの若い先生だ。
「森中先生、出張なので今日はお休みです」
な、なんだって!?
よりによって、こんなときに…
確かめたいことがあるのに、聞きたい人が今ここにいない…
モヤモヤした時間が過ぎる。
昼休み、昼食をさっさと済まして、僕は屋上に向かった。
そして、携帯を取り出し、唯さんに電話をかける。
「もしもーし」
電話はすぐに出た。
しかし、この声、唯さんじゃない。
「あ、あの…」
「一馬くん?久しぶりだねー」
「あ、アヤさん!?」
渦中の人物、まさかのご登場である。
「あ、あの?」
「あー、お姉ちゃんに用があったの?すぐ代わるねー」
「えーと…」
何も言えないまま、電話は代わった。
「ハロー、一馬くん」
「どこにいるんですか」
「どこって、シカゴだよ?」
「シカゴ!?何でですか?」
「何でって、彩ちゃんに頼まれて、まあ…ちょっとした視察よ」
次々と明らかになることに、正直ついていけなくなりそうになる。
「秀人のことは…」
「まあ、そのための視察なんだよね」
「アヤさんも、そっちに住むんですか?」
「それは違うね。秀人くんは、これから単身でシカゴで修行なのだ」
「大丈夫ですかねぇ。あいつ、英語は苦手のはずですよ」
「まあ、住めば何とかなるものよ」
「そもそも、秀人のシカゴ行きを勧めたのって」
「私達のお父さんよ。一人前の男になるなら、ここで修行しないかって」
「へぇ…」