海で・・ 56
「孕ませたって?・・」
案の定、真帆は眼を見開いて秀人の顔を食入るように見つめた。
「あ、ああ・・海で知り合った女性に子供が出来たんだ・・ごめん」
秀人は真帆から目を反らし、助けを求めるように僕を見てきた。
だからと言って僕は秀人を助ける気持ちになどなれる訳がなかった。
もしも真帆と寝ていなかったならば、そんな気持ちも起きたかもしれないが、それは『もしも』の話しで、現実には真帆は僕の中では"誰よりも"大切な人だと思えたのだ。
「子供・・堕ろすのか?」
僕は秀人を突き放すように言う。
「いや・・・あっちで育てる・・」
秀人はしっかりと僕の目を見て言った。
真帆は地面に膝を着いた。
僕はその震える肩を抱き締める。
「俺、この半年ホントちゃらんぽらんで、警察の御厄介にもなっちまって、
自分でも何をやっているのか?このままでいいのか?ってずっと自問自答してたんだ。
そんな時、アヤさんが俺の子を孕んだって聞いて、いてもたってもいられなくなってな。」
秀人は煙草の煙りに目を細めながら続けた。
「アヤさんに自分の身勝手振りを誤って、親御さんにも頭下げてな・・」
「許されたのかよ?」
「いいや、取りあえずはシカゴのアヤさん家のホテルで1から修行だ。
でも、ちゃんと認められる男になって、親御さんに許してもらうつもりだ。」
「あああああぁぁぁぁぁ・・・!!」
真帆の泣き声が響き渡った。
僕はこんな風に泣く女の子の姿を、始めて見た気がした。
「真帆、一馬、ホントに、すまなかった…」
秀人の目は真っ赤だった。
あいつが人前で泣くのを見るのは、初めてかもしれない。
「こんな俺じゃ、いつまでも真帆に迷惑かけてばっかだし、アヤさんにも余計な心配させたくないし、馬鹿な俺が馬鹿なりに決めたことなんだ」
僕はただ黙って秀人の話を聞く。
「一馬、あとは、お前に任せるよ…真帆を幸せに出来るのは、お前しかいない。お前だから、言えるんだよ」
秀人には言いたいことがいくらでもある。
しかし、今そのことをネチネチ言うのは男じゃない。
あいつが決めたことだ。
「わかったよ」
そう言い返す。
秀人の表情が、少し柔らかくなった。
「ただし、これだけは言っておくぞ」
「なんだ?」
「アヤさんのご両親に認めてもらって、アヤさんとの子供を立派に育てられる一人前の男になるまで、日本には帰ってくるなよ」
「ああ、そのつもりだ」
秀人は笑顔で、右手の親指をぐっと僕の前に突き出した。
「じゃあな」
「当分、会えないんだな」
「明日にはシカゴだ」
「早いな…」
「この間、いろいろなところで頭下げて、その間にパスポートも作って、これからは修行の日々だよ」
「頑張れよ」
「ああ、一馬もな…それに、真帆も…」
秀人はそう言って、立ち去っていく…
そこに
「秀人くん!」
真帆が精一杯の力で叫ぶ。
「…私、絶対、秀人くんを後悔させるくらい、いい女になって見せる!」
真帆が、秀人への思いを断ち切った瞬間だった。
「お、おう!期待して待ってるわ!」
そう言う秀人だが、こちらを振り向くことはなかった。
声が上擦っていたから、おそらく泣いていたんだろう。
…頑張れよ、秀人。
アヤさんのためにも、真帆のためにも…