海で・・ 336
「母さん…!」
僕はその腕に縋り付き、嗚咽を漏らした…
看護師たちが慌ただしく部屋に出入りし始め、白衣の裾をはためかしながら先生も小走りにやって来た。
女の先生だった…
テキパキと看護師たちに指示を出しながら、データを取る女医の先生…
こんな時でありながら僕は、その先生を惚れぼれと見てしまう…
そんな女医の先生、看護師の方々を見ながら、僕は一旦病室を出た。
現実を受け入れられないが、何時迄もそうしているわけにはいかない…
一度落ち着きたいと思ったのだ。
「一馬くん…大丈夫?」
心配そうな声をかけてくる真帆。
「ああ…」
この場にミキさんと真帆がいてよかったと思った。
擦れ違う看護士たちの邪魔にならないように廊下のベンチシートに腰を下ろすと、紙コップのコーヒーをミキさんが手渡してくれる…
「温ったかい…」
「何時ものように、お砂糖たっぷりのミルク多めよぉ」
優しく微笑んでくれるミキさんに感謝しながら、僕はその湯気の中に顔を近付けた…
コーヒーの温かさが身に染みてくる。
両隣で温かく微笑むミキさんと真帆を見ると、動揺と焦りとやるせなさを感じていた自分の心が和らいでいくのを感じた。
「お母様は厳しいと思うけど、今できることは、祈るしかないわ」
「はい…」
病床の母さん、そして、もう一人、あかりさんの顔がふと浮かんだ…
部屋を出されたのだろう…離れたベンチに父さんの姿が見えた。
父さんも僕みたいに、今あかりさんに側にいて欲しいんじゃないかな?とも思う…
それを思うとあかりさんだって、今の父さんの力になりたいと思っているだろうとも思う…
だけど…
この状況で父さんがあかりさんに縋ることは出来ないのだということは、僕にだってちゃんと分かっていた。