海で・・ 32
親父は懐かしそうに語りだす。
声がでかくて、リビングのほうまで筒抜けになりそうだが…お袋もいないし、男二人だからこういう話もいいだろう。
それにしても、12年前か…
って、僕が生まれたあとじゃないか。
「実はな…その浮気相手が、さっき言ってた、信藤紀美子さんだったんだよ…」
一瞬絶句した。
こんなところでつながりがあったとは…
「アイツの旦那、海外出張が多くてな。それで久しぶりに再会した俺と・・って訳だ。」
旦那?・・・広隆さんのことだ・・・
僕は脳裏であの爽やかな笑顔を思い出した。
離婚の原因は自分の浮気にあると言っていたが、結局のところ、妻であった紀美子さんの方も浮気していたのだ・・
それも、僕の親父と・・・
えらく前の話しだから、僕には関係のないことではあるが、それでも広隆さんに申し訳ない気持ちになった。
「ただ、彼女はもともと旦那とは『愛人』だったみたいでな。向こうの奥さんが離婚したか何かで正式な嫁になったみたいだが」
向こうの奥さん―つまり、梨花さんのお母さん―が亡くなったことは親父は知らないようだ。
紀美子さんもそこまでは話していないのだろう。
「お袋は、それ(浮気)を知ってたのか?」
「俺はばれないようにやってたつもりなんだが、薄々気づいていたのかもしれないな」
紀美子さんが僕と信藤さんを付き合わせたくない理由…なんとなく分かったような気がした。
「それで・・本当に1回きりなの?」
僕はぼんやりと浮かんだ思いを、親父にぶつけた。
「まあ、お前がデキたことで、母さんとは結婚したんだ・・その寸前まではちょくちょくはな・・けど、それは浮気ではないだろ?」
僕は眉を顰めた。
浮気など、この際どうでもよかった。
親父と紀美子さんは、僕が産まれる直前まで関係を持っていたことだけが、心に引っ掛かった。
(『真帆とじゃなければいいのよ・・』)
紀美子さんが言った、あの意味深な言葉が蘇る・・・
「さっきも言ったけどさ、紀美子さんには俺と同級生の娘さんがいるんだけど…」
「ああ」
「もし、その娘さんと俺が付き合うことになったら、親父はどう思う?」
親父はちょっとの間考えて
「そうなったとしたら、素直に嬉しいな。俺がそうだったように、お前も、ってことになれば、縁があるんだろうなって」
親父の反応は、紀美子さんとは全く逆かもしれない。
「ん?お前、もしかして、夏休みに相手したのって…」
「ち、ちげーよ!!」
信藤さんではないけど、同じ紀美子さんの娘だ…とまでは言えないよな…