海で・・ 31
車を降りる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。美貴ちゃんにもよろしくね」
「はい」
「もし…美貴ちゃんに本当のことを伝えるときは、鈴木くんの力も貸してほしいな」
「僕にできることがあれば、喜んで」
「それじゃ、ありがと」
紀美子さんは車を発進させた。
「…責任重大だな」
僕はいつかやってくるだろう『その日』に緊張しつつも、早く訪れて欲しいとも思った。
「今のは・・・?」
突然に背後からの低い声に、僕はギクリとした。
振り向くと、旅行バックを抱えた親父・・
「あ、お帰り。お袋は?」
「実家が近いから、何泊かしてくるそうだ・・」
素っ気なく答える親父・・・心ここにあらずといった感じで、走り去った車の方をじっと見ていた。
「どうしたん?親父・・紀美子さんのこと知っているのか?」
「え?・・・紀美子?・・・」
「ああ、俺のクラスの、信藤さんのお袋さん。」
「何?!・・・信藤・・・・紀美子・・・・・」
親父の額から、一筋の脂汗が流れ落ちるのを、僕は見逃さなかった。
「うん、そうだけど。知ってる人?」
「ああ、高校の同級生だ」
そうなのか。
しかし親父と同い年とは、驚いた。
紀美子さん、かなり若く見えるじゃないか。
しかし、それくらいなら、なぜ親父は焦ったような顔をしているのだろうか?
僕には分からなかった。
湯舟に浸かり、泡だらけの親父の広い背中を見ていた。
思春期と共に、親とは風呂には入らなくなる奴は多いが、一馬は今でも、親父との入浴には抵抗はなかった。
「一馬、女知ったか?」
髪をモシャモシャと洗う親父は、唐突に聞いてきた。
それは、"昼飯何喰ったか?"とか"勉強ちゃんとやってるか?"と聞いてくるのと、何ら変わらず、僕はそれに釣られたと言ってよかった。
「ああ・・今年の夏・・」
すると親父はクルリと振り向き、ニヤリと笑った。
「そ、そっかぁ!・・知ったかぁ!」
その親父の表情を見て、僕は何だか照れくさくなった。
親父は僕の横にザブンと皆を沈め、お加減で湯槽のお湯が大量に流れ出た。
「お前もとうとう男になったか…これからは沢山の女と経験して、一人前になるんだな…」
「あ、ああ…」
何を喜んでいるのか、親父はやたらに機嫌が良かった。
「親父はさ…浮気とかすんのか?」
沢山の経験をしろと言われ、ふっと浮かんだ疑問を率直にぶつけた。
「浮気か?後にも先にもたった一回きりだ…もう13年も前の話しだ…」