海で・・ 142
「なんだ、せっかく帰って来たのに、会えないのかよ…」
「ふふ。寂しい…?」
「うわぁ!その声は…"アヤさん!!"」
僕は素直に歓喜の声で叫んでいた。
「一馬く〜ん、お久ぁ〜」
「アヤさん!!僕、メッチャ、アヤさんに会いたいです!!」
「私だって一馬くんに会いたよぉ〜!」
「こっちには来ないんっすか?」
「それがね。出産はそっちでするから、明日から暫くは秀人と2人、東京でホテル暮らしなのよ。」
(明日から…秀人が帰ってくる…)
僕は喜びの裏側で、何かとてつもない不安が、心中に渦巻いた。
「美貴と真帆ちゃんには、本当のことが言えたの?」
「ええ、今日言いました」
「そう…で、どうだった?」
「二人とも受け入れてくれて…すっかり本当の姉妹みたいで。不安に思ってたので、よかったです」
「そう…よかったね」
「はい」
…そして、もうひとつ、不安に思ってること、今アヤさんに一番相談したかったことを尋ねてみる。
「アヤさん…始めての時の人って覚えてます?」
「何よ、意気なりね。」
「女の子にとって、始めての人ってどんなもんなのかと思って…」
「それは男の子以上に大切なものよ。」
「やっぱり…」
「私なんて、数えきれないほどの男の腕に抱かれてきたけど、今でも始めての人だけは思い出すは…」
「あっ…秀人に聞こえません?」
「秀人なら構わないのよ。真帆ちゃんが秀人の始めての人で、その次ぎが私。それから街でナンパした女の子とも1回だけあった…お互いに隠し事は無いの。」
真帆の名前が出てきてドキリとした。
真帆の始めての人は、紛れも無く秀人なのだ…
それにしても、真帆はどういうつもりで、僕と木崎さんのデートをOKしたんだ?
「美貴と真帆ちゃん以外の女の子の相手をするのね」
「ええ、まあ」
「初めての子を相手にするときは、いつも以上の優しさが必要になるわね」
「優しさ、ですか」
「そう。誰だって初めてはいい思い出で終わりたいの」
アヤさんの言葉には重みがある。でも、それ以上に優しく聞こえる。
「一馬くんも、その茜ちゃんって子に、いい思い出を作ってあげたいでしょ?」
「茜…もしかして木崎!?あんな凶暴女やめとけよー」
ゴン
「いてぇえええ!!!」
電話口の向こうで秀人がアヤさんに『制裁』を食らった模様だ。
確かに木崎さんと秀人は馬が合わなかったよな…
まあ、今にして思えば真帆の件では秀人の方が悪かったんだから、親友の木崎さんが秀人にいい顔をしなかったのも、当然と言えば当然だよな…
ん?…
それにしても、アヤさん…今、『茜ちゃん』って言わなかったか?
僕は木崎さんのこと"茜ちゃん"とは呼ばないのだから、アヤさんが木崎さんの名前、知ってる筈は無いよな…
???…
ってことは、アヤさんは明日、僕が木崎さんとデートすることを、誰かから聞いて知っていたのか?
そう思うと、それは真帆としか考えられず、明日のデートを知っている真帆がミキさんに相談して、そのミキさんから頼まれたアヤさんが僕に電話をしてきたのか?!