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ナースcalling!
官能リレー小説 - ラブコメ

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ナースcalling! 10


 *

 ハルカもアキオも病室を去り、再び静寂と虚無が訪れる。
正午を回った頃、ヒロトは1人味気ない食事を摂っていた。
食器を置く音、箸の摩擦音が、静閑な個室にはやたらと響く。
塩分や糖分が抑えられているであろう淡白な味は、食事を事務的な作業へと変貌させる。
それらが余計に、ヒロトの虚無感を増悪させていた。

「何やってんだろ、俺」

 凝然と白壁を見つめるヒロトは、もはや口癖のように呟いた。
自分の置かれている現状は理解している。彼自身、納得はしていなくとも。
焦燥や虚無を常に感じながらも、それを払拭しようと動く事が出来ない。
いや、しないのだろう。
退屈な日々に変化を求めつつも、実際はその変化に煩わしさを感じている。
選択を恐れ、また現状維持というレールの上を歩き続けている。
分岐点は、今まで幾らでも目にしてきていただろう。
しかし、それを敢えて見ぬ振りをし、避けてきたのは、他ならぬヒロト自身なのだ。
今を変えたい、でも変えられない……そんなジレンマに、ヒロトは頭を悩ませていた。
ふと、ヒロトの頭にアキオの姿が浮かぶ。
ヒロトが初めて今の職場に訪れた時、最初に声を掛けてきたのはアキオだった。
その屈託なく、分け隔てない振る舞いに、ヒロトは付き合い易さを感じた。
営業として忙しなく取引先と連絡を取り、営業車で現場も駆け回るアキオ。
精力的に仕事をこなしながら、新人の自分を気に掛けてくれるアキオに、ヒロトは強い憧れを抱いていた。
いつか自分もああなりたい、そう一時はヒロトも希望を持っていたのだ。
しかし、当然現実はとんとん拍子に行く筈もない。
縦社会を体現したような先輩社員、頑固な職人達を到底扱い切れる訳もなかった。
いつしか、ヒロトは流されるままのイエスマンへと変貌していった。
向上心を失い、茫然と勤務終了を待つだけの日々は、ヒロトから希望も成長の糧も奪っていく。

「このまま俺が消えても、誰も困りゃしないよな……」

 進まぬ食事に箸を置いたヒロトは、自嘲気味に呟いた。

今の職場に、自分を必要としてくれるような人間はいない。
自分が不要な人間だと思う事ほど、意欲を失う事はない。
確固たる居場所を掴めないヒロトに、やりがいを感じられる筈もなかった。

「守るものって、何だ?」

 そんなヒロトの脳裏に、ふとアキオが去り際に残した台詞が思い浮かぶ。
守るものが出来れば、自ずと気も引き締まる……そんなニュアンスだった。
ヒロトにとって、守るものとは何なのだろうか。
金か、地位か、自我か、家族か、友人か……

「恋人、か……」

 最後に浮かんだものを口に出すや否や、ヒロトは強烈な否定の意を示すように激しく首を振った。

「ない、ないないっ。ないっ!」

 頭に浮かんでくる顔を、必死に打ち消すように目を閉じるヒロト。
先程から妙な胸の痛みを誘う車椅子も視界から外す。

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