ナースcalling! 9
ぎこちない足取りで扉に近付いたハルカは、慣れを感じさせない一礼をして病室を後にする。
焦りを想像させる早い足音が消える前に、アキオがふらりとヒロトに近寄った。
「どうよ? 可愛いだろ? ハルカちゃん」
「よくわかんないっスよ……そういうの……」
ヒロトの目線は未だにベッドを這い回っている。
「まぁしかし、お前には恋が必要だ」
アキオは普段の弾んだ声色を沈ませる。
この重低音のように身を震わせる声を出すアキオは、空気を張り詰めさせる力を持っていた。
「……何でです?」
ヒロトは真面目に聞き返す。
アキオがたまに聞かせるその声は、今から重要なことを言う合図のようなもの。
普段が普段なだけに、その重みは身にのしかかってくる。
締めるときは締める。
ヒロトがアキオに心を開いているのは、先輩としてのアキオに信頼を置いているからなのだ。
「守りたいものがあれば自ずと気も引き締まるだろ」
「………………」
ヒロトは何も言い返せなかった。
アキオの言葉はヒロトの現状を見事に見透かしている。
就職浪人を免れた代償に用意されていた退屈。
いや、その表現は志してヒロトと同じ職に就いた人たちに失礼かもしれない。
彼にとっては同じ風景にしか映っていないというだけのこと。
そう、病室の天井がただ真っ白なだけであるように。
「今は面白くないかもしれない。でも今を大事にしないと、先はもっと面白くないぞ?」
ヒロトの課程は既に済ませているアキオ。
先輩だからこそ知り得る後の楽しさ。
それを実感するには、基本が理解できていないと話にならない。
「ま、もう少し真面目にやれって事だ。次は2ヶ月じゃ済まないかもしれないしな」
「はい……」
退院する前から言われたのでは世話がない。
しかし、身を以て痛感しているだろうからこそ敢えて今告げるアキオ。
「ついでに彼女もゲットだぜーってな」
「……はい?」
アキオの声は弾んでいた。
張り詰めた空気を残すのはアキオの趣向に合わないのだろうか。
決まって笑顔を浮かべては、それを相手からも誘い出す。
「お前も満更じゃないんじゃないの? ハルカちゃん、フリーらしいぞ」
「何言ってんスかっ……」
「ミキが言ってたから間違いないっ」
「いやいやっ、根拠なんて求めてないっス! 勘弁してくださいよ〜……」
アキオの暴走はもう懲り懲りだと、変な汗をかきそうになるヒロト。
しかし目の端で車椅子を拾ってしまい、また動悸が激しくなっている。
その胸を締めつける感情に、ヒロト本人は全く気がついていなかった。