ナースcalling! 1
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自然の象徴たる海沿いに、文明の象徴たる工場群が並び立つ。
海には昼夜問わず波が立つように、1日中工場群から光が消える事はない。
中堅の建設会社に勤める秋吉ヒロトは、この臨海の不夜城に居た。
先輩社員数人と共に、発注先の現場に持ち込む鉄骨の確認に訪れていたのだ。
ヒロトは現在23歳。大学を卒業し、今の建設会社に就職した。
経験も技術も知識も未熟な彼の当面の役割は、こうして先輩について仕事を見、覚えていく事である。
しかしヒロトは、そんな日々に既に退屈を覚えていた。
「こんなはずじゃ無かったのにな」
切断音や打撃音、火花が飛び交う現場で、ヒロトは1人呟く。
就職難と叫ばれる昨今、就職浪人となるのを恐れる余り、給与面のみで選択してしまった背景。
元々人付き合いが苦手であるのに、多くの人間と関わる必要が職種。
それら全て、ヒロトの望んだものでなかった。
それでも、選択したのは他ならぬ彼自身。
どうにもならない現実は、こうして今日もヒロトを現場に立たせている。
「汚ねぇ溶接だな」
溶接工の手により、次々と出来上がっていく鉄骨。
その光景を眺めながら、先輩社員の背後でヒロトは毒づく。
やり場のない焦燥感を抱えた彼には、真っ直ぐな溶接ビードさえ蛇のようにうねって見えた。
「ではまた建て方の時にでも……って、おい秋吉! 聞いてんのか?」
「えっ? あ、ハイ」
先輩社員の声で、ヒロトは我に帰った。
心ここに在らずといった様子のヒロトを一瞥し、先輩社員はまた打ち合わせに戻る。
またこうして、後で最近の若い奴は……と陰口を叩かれるのだろう。
ヒロトはこんな日々に辟易していた。
「うるせぇな……溶鉱炉突き落とすぞ」
こんなトチ狂った考えまで浮かんでしまう始末。
今のヒロトは、負のオーラに満ち満ちていた。
しかし、そんな彼の人生も、少しの変化を見せようとしていた。
「その鉄骨、クレーンでそっちにやっといて」
「ウース」
何本もの鉄骨がワイヤーで玉掛けされ、ヒロト達の頭上近くをクレーンにより運ばれていく。
鉄が溶けて立ち上る熱気。年中蒸し暑い工場の中、蒸れたヘルメットの隙間から汗が滴り落ちる。
その一滴が、ヒロトの瞼内に侵入してきた。
「うわ、痛てて……くそっ」
アルカリ性となった汗が、ヒロトの眼球を刺激する。
思わぬ痛みに、ヒロトは咄嗟に作業服の袖口で目を擦った。
その時、ふとヒロトの周りから、人の気配が消えた。
「おいっ! 秋吉、危ねぇぞ!」
「えっ?」
突然、先輩社員の怒号が響く。
ヒロトは未だぼやけた視界の中。全く状況を飲み込めないでいた。
「一体何……え?」
直後に回復した視界でヒロトがふと見上げると、折り重なるように迫る幾本の鉄骨があった。
玉掛けのワイヤーを抜け、落下してきた鉄骨。
それは間もなくヒロトの身体に覆い被さっていった。