ナースcalling! 11
布団を被り思念を掻き消そうとするヒロトの耳元に、何故かアキオの「フリーらしいぞ」という声がリフレインのように響く。
「俺には……関係ねぇっ」
仕事もプライベートも忘れるかのように、ヒロトは眠りの世界への入口を探す。
しかし、眠気という入口はなかなか現れない。
というのも、先程からヒロトが忘れようと誤魔化し続けていた事があるからだ。
「カテーテル痛ぇぇ!」
ヒロトは突然、布団をはねのける様に飛び起きる。
苦痛に顔を歪めながら、無事な手で下腹部を押さえている。
ベッドから下りる事も出来なければ用も足せない。尿瓶も使える状況ではない。
意識を失っていたヒロトは、尿道にカテーテルを挿入されていたのだった。
尿意の度に、突っ込まれたガラス管がヒロトに耐え難い激痛を与える。
思わぬ苦行に、ヒロトは情けなくも自らの失敗を恥じた。
「さ、最悪だ……しかし」
一体誰がこのカテーテルを挿入したのか……
ヒロトはさらなる恥辱を受けるのを恐れ、強引に再び布団を被る。
未知の痛みに耐え忍びながら、やがてヒロトは眠りへと落ちていった。
*
「ふあ……眠い」
当直明けの休みを挟み、ハルカは再び看護師としての朝を迎えていた。
欠伸混じりに呟くハルカの瞳を涙腺から押し出された滴が覆う。
自らの激務を労うように睡眠を貪ったものの、疲労しきった身体は万全の回復を図れたとは言い難い。
「いけないっ。仕事、仕事!」
それでも、ハルカは白衣の天使として患者の看護にあたらねばならない。
ハルカは気合一発とばかりに、思い切り掌で自らの頬を張る。
「いっ……たぁい……」
再び瞳を涙で潤ませ、ハルカは寝ぼけた身体に鞭を入れた。
「さあ、やるぞっ」
ハルカは小さくガッツポーズをすると、ペンを握り直してデスクワークに励む。
しかし、穏やかにデスクワークに没頭出来る程、病院は平和ではない。
朝の静寂を切り裂くように、突然ブザー音が鳴り響いた。
患者からの緊急呼び出し、ナースコールである。
ハルカは弾かれたように席を立ち、壁面のディスプレイへと目を遣った。
ナースコールを発した病室の番号表示が、危険を知らせるように赤く点滅を繰り返す。
「307号室……秋吉さん!?」
ハルカは病室の番号を確認するや、思わず口元を手で覆った。
病室の番号が整然と羅列される中、赤く点滅を繰り返していたのはヒロトの病室の番号であった。
人に頼る事を嫌うように、ぶっきらぼうな印象のヒロトだけに、ナースコールを発するというのは余程の事でなければ無いとハルカは感じた。
「忙がなきゃっ」
ハルカは胸のざわめきを抑えながら、ナースステーションを飛び出した。
担当患者のナースコールに駆け付けるのは、看護師として当然の対応である。
しかし、今回のナースコールにいつもと違うざわめきを覚えた事実を、ハルカは高鳴る鼓動にしまい込んだ。