ナースcalling! 16
何日も入院しているが、退屈には慣れぬものだとヒロトは思った。
だからこそ、変わり映えのしない日々に嫌気が差していたのだから。
「外でも行くか」
澱んだ気持ちを少しでも解消しようと、ヒロトはナースコールのボタンへ手を伸ばす。
車椅子で外を回れば、幾らかは気も紛れるだろうと考えたのだ。
「いや……駄目だ」
が、ヒロトはすぐに手を引っ込めてしまう。そして、深い溜め息を一つ。
「そういえば、今日はアイツ、居ないんだったな」
今日は居ないアイツ。担当看護師の小野ハルカである。
ヒロトは昨晩、今日はハルカは非番である事を本人の口から聞かされていた。
その為、朝から特に違和感を感じる事もなかったのだが、暇を持て余す中でその事を失念していたのだった。
「ここはやめとくか。しかし……」
ハルカには多少の接しやすさを感じるものの、ヒロトはやはり看護師との対面を忌避する傾向にあった。
しかし、と彼が呟くように、昼を回ったばかりの時計の針は、1日の終わりを告げるまでにはまだまだ余裕を残している。
煩わしさ、退屈、ヒロトの脳内で葛藤が続く。
ヒロトはナースコールのボタンに指を掛けながら、撫で回すようにその上を行き来させる。
「アレだ、爆弾前にして赤を切るか青を切るか……敵に銃を構え引き金を引くか引かないか、って感じだよな……」
勿論、彼が呟くような大層な例えを必要とする事ではない。
ただ、ナースコールをするかしないか。たったそれだけの事である。
一般の患者なら、何の躊躇もなく赤を切り、敵を撃ち抜く。
つまりは、ナースコールをする。
しかし、彼にはそう簡単にいかない問題のようだ。
「こいつは悩むな」
幾度も思考を巡らせ、掌には汗さえ滲ませながら、ヒロトはナースコールのボタンを見つめる。
コミュニティー不全ここに極まれりな彼は、ふとベッド脇の机に置かれた時計に目を遣った。
「何、だと……?」
ヒロトは時計を見るや、驚愕といった表情を浮かべ、信じ難いとばかりに言葉を漏らした。
それもそのはず、彼の脳内で宇宙が誕生し、やがて終焉を迎え、そして再生に至るまでの永き時。
それが、現実時間の1分にすら満たなかったのだから。
ヒロトは深く溜息を吐くと、観念したように決断を下した。
*
「秋吉さーん? 入りますよー?」
病室の外から、声が響く。ハルカとは違う、大きく溌剌とした無遠慮な声。
その人間性の違いにうんざりと頭を垂れながら、ヒロトは無言という返事を選択した。
結局、退屈というブラックホールに吸い込まれた彼は、ナースコールに縋るしかなかったのだった。
その情けなさに、ヒロトは口を噤んでしまっていた。
「こらっ! 返事はっ?!」
仏頂面なヒロトも飛び上がってしまったと錯覚する程、強烈な叫びと共に声の主が飛び込んで来た。