下宿少女 10
「ふうっ…」
「よお、中田くん…であってるか?どうしたんだよ?寝坊か?」
トーヤが早速、振り返って中田くんとやらに話しかけている。
「ああ、実は…間に合うはずの時間に出たんだけど、ここに来るまでの信号に全部引っかかってね…」
「は…?」
トーヤがポカンと口を開けたまま中田くんを見ている。
てゆーか全部にかかるって、ありえないだろ…
「それだけならまだよかったんだけど、道ばたに転がってる空き缶を踏みつけて転ぶこと5回、おばあちゃんに道を聞かれること3回、登校中の小学生の喧嘩を仲裁すること1回…」
「ちょ、ちょっと待て!!!それ、マジで?」
「こんなことで嘘ついてどうなるのさ、全部ホントのことだよ。」
何というか、運のない奴だな…
「それは災難だったね…俺は天野勇。よろしく。」
「お、俺は高橋橙矢。よろしくな。」
「ああ、僕の名前は中田新二(なかた しんじ)よろしくね。」
それから俺たちはしばらくの間、互いのことについて語り合った。
こっちに来て初めてできた男友達だ。
仲良くしていこう。
「おっと、そろそろ時間だ。行こうぜ二人とも。」
「ああ。」
「分かったよ。」
トーヤの言葉で俺とシンジも動き出す。
いよいよ入学式である。
おしゃべりはひとまず終わりだな。
「それじゃ二人とも、また後でな」
「おう!!!」
「うん。」
俺は二人とは並ぶ位置が離れているのでいったん分かれる。
その後、先生の誘導で俺たちは入学式が行われる体育館に入場した。
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「あ゛〜疲れた…」
「確かに長かったね…」
長かった式も終わり、先ほどホームルームもようやく終わった。
井上先生曰く、“みんなおつかれさま。今日はもう帰っていいわよ。”とのことらしい。
解散した途端にトーヤは机に顔をうずめた。
「てゆーか、あの校長話しなげーんだよ…滑舌悪いから何言ってんのか聞き取れねぇし…」
「何回も同じような話を繰り返してたみたいだったしね…」
「さすがに俺もあれはキツかったわ…」
3人で式の様子を思い返す。
これから何かある度にあの校長の話を聞かなくちゃならないと考えると本当に憂鬱だった。
「ゆう!!!一緒に帰ろ〜!!!」
「おわっ!?」
そんなことを話していると、後ろから千夏が抱きつくようにして体重をかけてくる。
背中に柔らかい何かが押し当てられて、体温が上昇していくのが自分でも分かった。
「ち、千夏!!!分かったから離れろ!!!」
「え〜、や〜だ〜」
まとわりついてくる千夏と格闘していると目の前の二人はポカンと呆気にとられたようになっている。
とくにトーヤ、震えながらこっちを指さしてきて…
「ゆ、ユウ?もしかして、そちらの方は、か…彼女さんでいらっしゃられる!?」
「いや、ちが…」
「初めまして、ゆうの妻の千夏です♪」
ああ、この馬鹿…
なんだかトーヤの震えがいっそう大きくなったぞ…
「てめェェェ、こらユウ!!!この俺の前で堂々とイチャつくとはいい度胸だなああん!!?」
「だから違うんだって!!!千夏、おまえからもなんか言え!!!」
「ゆうにはね、あたしの生まれたままの姿を見られちゃったの…とっても恥ずかしかったけど…ポッ」
「ああ、確かに間違ってはいないッ!!!間違ってはないんだけどね!?てゆーか、ポッて自分で言うなよ!!!」
「むぎぃぃぃぃぃ!!!」
あああああ…いかん、これ以上この場にいては誤解が深まるばかりだ。
早々に離脱を…
「ゆうくん?どうかしたの?一緒に帰ろう?」
おおう小春………俺、終わったかもしれない…
「…んで?ユウ、このお方は?」
「いや…その、な?と、とりあえず落ち着け〜」
「いいから、説明。」
「あ、ゆうくんのお友達?初めまして。桃井小春です。ゆうくんとは幼なじみで…」
律儀に自己紹介を始める小春。
小春よ、礼儀正しいのはいいことだが、その行動は俺の首を絞めるものだと気づいてくれ…
ゆらぁ…
トーヤが立ち上がる…まるで幽霊のような体重を感じさせない動作で。