下宿少女 17
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「どうぞ、召し上がれ♪」
俺の前には現在、様々な形をしたクッキーが並んでいる。
どれもうまそうだ。
「いただきます。」
そういって俺は適当に目に付いたクッキーを口の中に放り込んだ。
「ぐふぉ!!?」
瞬間、俺の体の中を衝撃が走った。
まずやってくるのは強烈な甘み、かと思えば次の瞬間には口の中の水分をすべて持って行かれるような塩辛さ。
それらが過ぎ去った頃にやってくる謎の酸味。
味の大虐殺や!!!
「どうかな?おいしい?」
目を輝かせて感想を求めてくる冬美さん。
ど、どうする!?
「ど、どうやって作ったか教えて貰えますか?」
「え?うーんと…普通に本に書いてあったとおりに、あっ一回だけお塩とお砂糖を間違えちゃったから中和するためにお砂糖をいっぱい入れて…入れすぎちゃったからまたお塩を…」
「ほ、他には…」
「レモン汁を入れるとおいしいって書いてあったけど、無かったから酸味の代わりにお酢を…」
あいつらが逃げ出した理由がようやくわかった…
すべてはこの科学兵器から逃げるため…
そして、俺を生け贄にして自分たちだけ助かるため…!!!
「どう?どうかな?」
冬美さんはキラキラと輝いた顔で感想を求めてくる。
こんな顔をした人に不味いと言える人間がいようか?いやいない。
冬美さんの様子からして、これは100%の善意なのだろう。
ならば、俺のすることはただ一つだけ。
--------このクッキー(科学兵器)たいらげてみせるっ!!!
俺は止まることなく食べ続けた。
何度も何度も、頭の中が真っ白になりそうな衝撃を受けながら。
そして…
「ごちそうさま、でした…」
「お粗末さまでした。どうだった?」
冬美さんは本当に期待した目で見つめてくる。
俺の取るべき行動は…
「………新しい味でよかったですよ。ただ、次からは無いから代用しようとせずにすればもっとおいしいものができるかもしれませんね。」
今の体調で出来る限りの笑顔でごまかしながら答えることだった。
ああ、自分でも痛いほど分かる。
俺はなんてヘタレなのだろう。
でも…
「本当!?よかった♪」
優しいお姉さんのこの笑顔が見られるならば、俺の体調など安いものかもしれない…
この笑顔を守れただけでも、命を張った甲斐があったと思う俺なのだった。
「でも、3つだけ余ってるよ?どうするの?」
「ああ、これは…」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「た、ただいま〜」
「ただいまです…」
「…ただいま……」
コソコソと裏切り者たちが帰ってきた。
が、玄関にはいると同時に固まる。
そこには仁王立ちした俺がいるのだから。
「よう、おまえら。ずいぶん遅かったな。」
「あはははは…よく生きてたね、ゆう…」
「…もう会えないかと思いました。」
「よ、よかったね。ゆうくん」
「ああ、本当によかったよ。何とか生き抜いたおかげで…おまえたちに冬美さんのクッキー(科学兵器)を食わしてやることが出来るんだからなぁ…」
「な!?」
「…そ、そんな!?」
「ゆ、ゆう君!?落ちついて…」
落ち着いて?変なことを言うんだな。
俺はとても落ち着いている。
わざわざ、この裏切り者たちが帰ってくる時間を予測して、冬美さんにはお風呂に入ってもらったのだから。
これでこいつらが天に召されようと、冬美さんは自らのクッキー(科学兵器)が原因とは思わないだろう。
「さあ、お楽しみの時間だ…」
「…た、助け……むぐぅ!?」
「ゆ、ゆう!?お願い許してっ!!!そんなの入らな…ふぐっ!!?」
「ゆ、ゆう君!?そんな無理矢理…ヒグッ!?」
3人に天罰がくだったところで冬美さんが風呂から上がってくる。
冬美さんは3人を不思議そうに見つめた。
「あらあら、どうしたのみんな?」
それに答えるものはいない。
全員ピクピクと痙攣しているだけだ。
「さあ?きっと疲れているんですよ。」
俺は何も知らないかのように、裏切り者どもを見つめるのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
………ああ、いつの間にやら眠ってしまっていたようだ。
まだ俺がこの家に来てから、そんなに時間がたってはいないけれど、色々なことがあったんだな…
本当に毎日が大変だけど、俺は今の生活が気に入っているし、ずっと続けばいいと思う。
「さて、そろそろ飯の時間かな。」
俺はそう呟いて、家族たちの待つリビングへと向かうのだった。