先祖がえり 197
「そんな悲しそうな顔しないで。あなたにも出来るかも知れないわ。あれはね、あの子に『安心しておやすみなさい』って気持ちが伝わればいいの。」
「・・・というと?」
「『私の胸の中にいたら絶対に安全だ』。『安心して眠って良いんだ』ってね。それさえ伝われば寝顔を見せてくれるわ。」
「なる・・・ほど。」
いまいちピンとこない説明ではあるが、なんとなく分かる気がした留美。
「そのうち分かるわ。・・・さぁ、お話はこのくらい。みんな呼んでごめんなさいね。解散にしましょう。」
明美の号令で皆持ち場に戻っていった。
「お料理は・・・加奈さんと亜紀さん?」
「「えっ?」」
明美は厨房に入るなり二人に話しかける。
「明美様・・・はい。普段は二人で・・・人手が足りない時は美咲さんにも手伝っていただいてます。」
加奈は料理を中断して明美の方を向き直る。
「そう。ここで全員分を?」
「はい。ご主人様の分はいくらか特別に作っておりますが・・・」
「それって・・・いなり寿司のこと?」
「えっ?ご存じなんですか?」
狐太郎の好物をいとも簡単に当てられ驚く加奈。
「当り前じゃない。あの子の好物なら何だって知ってるわ。」
「そ、そうなんですかっ?!」
加奈は勢い余って一歩踏み出す。
「あら、知りたい?」
「ええっ!!ぜひ!!」
ぜひとも狐太郎の好物は知りたい。食卓を好物で埋め尽くしてあげたい。
加奈はそう思い始めるといてもたってもいられなくなる。
「そうね・・・とりあえず今日は私にいなり寿司を作らせてくれるかしら?今日はもう時間が無いから、明日から少しずつ教えてあげるわね。」
「は、はいっ!!お願いしますっ!!」
加奈は喜んで明美のために場所を開ける。
「ふふふっ・・・それじゃあ、お邪魔しますね。」
こうしてこの日の夕食のいなり寿司は明美が作ることとなった。
「お部屋の準備とか、荷物整理とかしてくるから先に食べてて。後で行くわ。」
明美の言葉によって、彼女がいないなか夕食の時間となる。
狐太郎は相変わらず留美の膝の上で、彼女の巨大な胸を枕のように後頭部に当てながら食事を取っていた。
もちろん自分からは料理を取らない。欲しいものは留美が取ってくれる。
こうしていつものように食べすすめ、狐太郎が好物のいなり寿司を食べようとした時
「・・・遅れてごめんなさいね。」
明美が食堂に入って来た。
「あ、ママ!こっちこっち!」
狐太郎が指示したのは隣りの席であった。
明美は言われるがまま狐太郎の隣りに座って彼の食事風景を眺める。
我が子ながら可愛い。無邪気に食事をしている。
明美は久々に見た我が子の様子に自然と笑みを浮かべる。
すると
「あ〜・・・んっ。」
狐太郎がいなり寿司を口にする。
見た目は普段と大差ない。これを作ったのが明美だということは明美と加奈、亜紀しか知らない。
「・・・ん?」
もぐもぐと咀嚼する狐太郎。だが、いつもと違うことに気がついたようだ。
そして
「・・・はふぅ〜・・・美味しい・・・」
狐太郎は目を細めてうっとりとしている。
こんな表情を周りはみたことが無いのか
「・・・? 加奈ちゃん、味付けを変えたの?」
留美が普段いなり寿司を作る加奈に質問する。
その間にも
「お姉ちゃん、いなり寿司ぃ〜。」
狐太郎がもっと欲しいとねだってくる。