欲望の果てに何を見る 1
俺、中代悠(ナカシロユウ)のオヤジが築いた貿易会社は一代で大きく成り上がり、国内はおろか、国際的に飛躍した。
かなりの賭け交渉やギリギリの取引もやってのけ、一目置かれていたらしい。
しかし、そんなこと俺には関係ない。
なぜなら、男手一つで育ててくれたオヤジは、もうこの世に存在していないからだ。
まだ20歳の俺に経営能力などあるわけもなく、会社は重役等との交渉の末、オヤジが信頼していた右腕とやらに全てを明け渡した。
俺に残ったのは、相続税でさっ引かれたにも関わらず、まだ沢山余っている金と豪邸のような家だけだ。
金を目当てに引取を申し出る親戚もいたが、今通っている大学から離れるのがイヤだったので断り続けた。
とりあえず豪邸に一人でいるのも寂しいので、物を整理し、引き払った。
2LDKの、一人暮らしには広すぎるスペースを賃貸した。ここが学校から一番近かったからだ。
遺書によると、金は全て俺が自由に使ってイイらしい。今のところ、家賃を払うくらいにしか用途が見つからない。
悲しみが和らいだある日、一人の女が俺を訪ねてきた。
〜ある女〜
「中代…悠さん…ですか?」
開いたドアの向こうに俺を確認し、女はそう言った。
夕闇が覆う春の空をバックに、透き通るような白肌の女性が俺の瞳に映し出される。
俺よりも小柄でいて、年もあまり差を感じない。
「そうですが…」
チェーンロック越しに女に返答を返す。
余りの大金を手にすると、自然と警戒心も強くなるのだ。
「私は、こういう者です」
女性は鞄から名刺を差し出した。
「島村和子(シマムラカズコ)さん…ですね。申し訳ないんですが、僕はもう父の会社とは一切関係ありませんから」
俺は右上に綴られた社名を見て、軽くあしらった。
「いえ、私も会社とは既に縁はありません」
「は?」
和子の言葉に思わず声を漏らした。
「実は…」
「とりあえず、中へどうぞ」
春はまだ肌寒い。両腕を抱えるように据えた和子を見て、俺は彼女を中へ入れた。
「で、なんでしょう?」
お茶を差し出し、その場に腰を据える。
「じつは…」
和子は鞄から一枚の手紙を差し出した。
「………これは?」
三つ折りにされた便箋を受け取り、和子の顔色を伺う。
「それは、悠さんのお父さんが私に宛てた手紙です」
「はぁ…それで…?」
「そこには、簡単に言うと『悠さんの事をよろしく』と書かれています」
「ふむふむ…確かに。でも、何故島村さんに?」
「それは………」
和子は言葉を詰まらせた。