淫蕩王伝 102
だが、もともと真面目で言葉を選ぶことが下手な彼に、彼女が気になり、全力で打ち負かすことが出来ないなどとは言えなかった。
そんな恋心を抱えていたある日、彼女が後輩の男子二人と一緒にいるところを見かけた。
二人と仲良く、というよりはすぐ隣に居た龍樹という男子とばかり話していた。
多分そういうことなのだろう。
潔く、男らしく身を引くことを決意した。とはいえ、彼女に全力で打ち込むことも出来ず、かといって龍樹に苛立ちをぶつけるのもせせこましいと、なるだけ平素を装った。
彼にとって辛く、悲しい時間だった。
そんなある日、龍樹が消えた。
学校にも家にも道場にも、彼は姿を見せなかった。
神隠しとでも言うべきか、忽然と姿を消した後輩に、別の後輩は酷く狼狽していた。
暫くは学校に行けず、道場で黙想をしており、それも長くは続かずに悲しみに暮れる紅音。
彼女を悲しく、愛しく思った。そして名のとおり、守りたかった。
龍樹の失った大きさがどの程度なのか、彼にはわからない。守が彼女を気に掛ける前からの関係だ。たかが剣道の先輩後輩である自分にそれを埋めることができるだろうか?
答えは……。
剣道に打ち込んできたのなら剣道で出すしかない。
練習の終った道場で師範にお願いをし、彼女と向き合った。
彼女の全てを受け止めてみせる。
そんな意気込みで向き合った。そしてあわよくば……。
消沈したままの彼女を叱咤し、時に罵り、奮い立たせ、竹刀を受けた。受けるに徹し、打ち返すことはせず、受けた。ただただ受けた。
暫くまともに練習をしていなかった彼女の竹刀は、かつて彼の気持ちを揺さぶったころよりずっと弱く、それが悲しかった。
しかし、彼女とて数年間剣道に打ち込んできた身。踏み入る足裁きに鋭さを取り戻すと、彼の防御を潜り抜け、一番厚く覆われているはずの胴体部分を薙いだ。
そのまま脇を抜ける紅音。数歩行った先で振り返り、再び切り込んでくるだろう。
それはわかっていた。ならば振り返り、正面を向くことが礼儀と思いつつ、彼は動かない。腹に受けた衝撃にしばし悩み、それどころか膝を着いた。
――大丈夫ですか! 守先輩!
彼女が自分の名前を覚えていたことに驚かされる。そして、たかが胴をなぎ払われただけで、肉体的痛みもないはずなのに膝を着いた自分にも。