勾玉キッス☆ 91
「そんなことがあったの、ミヤビ?」
「えっ? ええ……」
幻姫にまくし立てられて、私は気がついた。
驚いていた裕美さんに聞かれて、私はただ頷くしかなかった。
幻姫の言う通り、奇行ともとれる森崎君の行動も、雅章君を幻姫から放すためだとすれば、全て説明が出来る。
――もしかして、森崎君はわずかな時間でそこまで考えていたというのかしら?
「……今頃気づいたか。俺は、コーヒーを飲み干した後、缶を振っていた辺りで気づかれると思ったけどな」
「…もしかして、森崎君はあの時に缶を[呪符]に変えていたの?」
「そういうこと。」
……何てことなの。
幻姫だけじゃなく、私まで森崎君に騙されたなんて……
案の定、幻姫は面白くなさそうな表情を浮かべていた。
「…面白くない。本当に面白くないわ!
ここまで人間にしてやられるなんて……
おかげで、大願成就は水の泡よ!
森崎クン…かしら? よくも私の名前に泥を塗ってくれたわね!
こうなったら私も意地よ。
この手で、あなたを八つ裂きにして、“あの人”へのみやげ物にしてあげるわ!」
幻姫は感情に任せるかのように一気にまくし立てると、爪を鋭く伸ばした。
――なんて鋭い爪なのかしら。
あんなのをまともに受けたら、ひとたまりもないわ。
森崎君は幻姫をジッと見ながら、ふぅっと大きく息を吐いた。
「どうしても、やるのか?」
「当たり前よ!」
「森崎君?」
「ミヤビさん。天野さん。桐生さんを頼む。
出来れば…少し安全な所まで離れていてくれ」
「…わ、わかったわ」
森崎君はどこか物悲しそうに言った。けれども、その言葉には力が込められているように私は感じた。
森崎君は制服の上着を脱いだ。もう一枚の、白い上着があらわになる。
「天野さん。俺の上着を持っていてくれないか。携帯電話と財布が入っているんだ」
「…えっ? う、うん、分かった」
森崎君は、脱いだ制服の上着を裕美さんに向かってヒョイッと投げ、裕美さんはそれを受け取った。
「財布の中、抜き取らないでくれ。それなりに入っているんだ」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでくれる? 私、そこまで困ってないから!」
「じゃあ裕美さん。困ってたらするの?」
「しないって」
ズレたことを森崎君は言い、私もそれに釣られてしまう。きっと彼女なりに、裕美さんを案じているのかもしれない。
それを見ていた幻姫は、森崎君をあざ笑う。
「随分と余裕ね」
「余裕? 本音はお前とはやりたくねぇんだ」
「何、それ」
「今やりあったら、どっちかが死ぬ。そんなの、つまらねぇだろ?」
「死ぬのはあなたよ。私は生きるわ」
「交渉決裂か。じゃあ……やるか」