勾玉キッス☆ 87
「大丈夫だから。天野さんを連れて後ろに下がっていてくれ」
「…わ、わかったわ」
私は裕美さんの手を引いて森崎君の後ろに下がると、そのまま座り込んでしまう。
森崎君の言った通り、私は立っているのが精一杯の状態だったのだ。
森崎君は、持っている杖から刀を取り出して構え始めた。
「さてと。お前…妖将鬼の幻姫だな。こんな所に来ているなんて何を企んでいるんだ?」
「あらぁ?私の事をご存知なんて。うふふっ。あなたって、少しは出来るようね」
対峙する2人。私は裕美さんとともに見守るしか出来なかった。
森崎君は逆手持ちした刀を右手に、杖でもある鞘を左手にだらりと下げながら持っている。
「お前のことは、庁舎に保管されている文書で知っている。
分類A。文書番号36。
名称、幻姫。別名、妖将鬼 幻姫。
人間の精気を糧(かて)とし、人間の心身を操る妖術と炎の妖術を得意とする。
今から千年ほど前に、[封印の巫女]によって封印されたと、文書には記録されている」
「ふぅん。そこまで記録されてるなんて。ふふっ、私もちょっとした有名人なのね」
少女の姿をした魔物が笑みを浮かべる。
記録に残っていることがそんなに嬉しいのかしら?
「だが、文書の記録にはまだ続きがある。
記録によると、大正12年の関東大震災の影響で、偶然にも幻姫だけが復活。
それ以後、精気を吸われたと思われる変死体が数多く発見された。
事態を重く見た政府は、軍の投入を決断。翌年大正13年2月に、投入された[大日本帝国陸軍特殊兵装試験部隊]によって、幻姫は倒された、とある。
……もし、記録の内容が正しいのならば。
幻姫。お前は1度死んでいるんだ」
森崎君の言葉に、私は耳を疑った。
幻姫が……一度死んでいる?
「うふふふふ……あはははははっ!
冗談もいい加減にしてよ。
私が死んでるですってぇ?
じゃあ、ここにいる私は誰なのよ?
私は妖将鬼 幻姫よ! それ以外に何があるっていうのよ!?」
森崎君の言葉を冗談だと言わんばかりに、幻姫は笑いながらまくし立てた。
それは私も同じだった。何かの悪い冗談だとしか思えなかった。
「森崎君、悪い冗談はやめてくれる? 仮に幻姫が死んでいるとするなら、目の前にいる幻姫は一体誰なの?」
「おいおい、ちょっと待ってくれ! 前から後ろから同じことを言わないでくれ!
走って叫んで喉がカラカラなんだ! コーヒーぐらい飲ませてくれよ!」
「へ?」
「えっ?」
私と幻姫は呆気にとられ、私は森崎君の頭を疑いたくなった。
森崎君、こんな時に何を考えているのかしら?
森崎君は刀を鞘に戻すと、制服のポケットから小さな缶を取り出した。あれが、森崎君の言う“コーヒー”なのだろう。
森崎君はコーヒーの缶を持ったまま、人指し指で缶を開けると、缶の中身を一気に飲み干した。