勾玉キッス☆ 118
「姉妹が同じ名字の人と結婚したってことだよね。そんな偶然あるんだねえ」
どうごまかすかとぐるぐる考える俺をよそに、神村は一人納得していた。
偶然か。確かにそれもありだ。
ほっとしたのもつかの間、神村はさらに続けた。
「お母さんたちって如月家の直系の姉妹なんだよね。お母さんたち似てる? 雅ちゃんや桐生の兄妹はお母さん似?」
「あの……何を聞きたいんですか?」
根ほり葉ほりにたまりかねて真意を質そうとしたが、相手は小さく笑っただけだった。
「ん? そりゃあ、好きな子のことは何でも知りたいじゃない?」
はぐらかされた。
そうはっきりと感じた。
「あの」
「あ、チャイム鳴っちゃった」
ごまかすな、と言ってやろうとしたところを授業開始のチャイムに邪魔される。
「雅ちゃん、急がないと」
そう言って軽やかに駆けていく神村の背を、俺は困惑したまま見つめることしかできなかった。
***
放課後、追いかけてくる勢いのクラスメイトや部活の勧誘から逃げ切って、俺は電車に乗り込んだ。
裕美の言うとおり、じいさんの屋敷に向かうためだ。
裕美は先に帰した。
郊外の屋敷だし帰りが遅くなるだろうから……と裕美には言ったが、本当の理由はちょっと違う。
っていうかあのスケベなじーさんに身内同然の女の子を会わせたい男がいようか。いやいまい。
そんなわけで裕美からきちんと説明を受ける時間もなくて、俺はいまいち事態を把握できていないままだった。
裕美がミヤビに会ったのはわかった。
幻姫と闘って消耗し肉体を失ったということも、以前の魔物の襲撃のときにその寸前までいったから理解できる。
だが、実際見たわけではないけどミヤビが体を得たらしい、絆ができた、というのは意味不明。
ミヤビと俺の関係をすんなり受け入れた口振りで、すっかり呪いだの魔物だのになじんでいるのが俺には少し心配だ。裕美自身はあくまでこんなオカルト現象とは無関係なんだから。
何にせよ、じいさんちでミヤビに詳しく聞かせてもらおう。
裕美の言ったとおり、ミヤビは屋敷に戻っていた。
幸いと言うべきかじいさんは留守で、俺はメイドさんに案内されるまま客室になっている洋間に通された。
「雅章さま、ミヤビさまは体調がお悪いようですのでくれぐれも……」
「大丈夫、わかってる」
扉を開ける前に、メイドさんは念を押すように言った。
最初は医者を呼ぼうとしたのを、ミヤビに止められたのだそうだ。
お辞儀をして下がっていくメイドさんを見送りながら、俺はふと、今、雅章の本名で呼ばれたなと気づいた。
じいさんがそう紹介したとはいえ、『雇い主の孫の雅章』が男であることはわかっているはずだ。
彼女たちは俺の身に起こったことをどうとらえているんだろう?
「お帰りなさい雅章くん」
扉を開けると、か細い声に出迎えられた。
「ただいま、っていうか大丈夫なのか? 体がなくなったって聞いたけど」
「なんとか…ね。自力で体を組める程度に回復するにはもう少し時間がいるわ」
「自力で……?」
疑問のつぶやきを別の意味にとったのか、ミヤビはこう続けた。
「霊体のまま漂っているのはあまり体に良くないの」
体に良い悪いの問題なのか? という疑問は別として、ぐったりソファに横たわる姿は『体調が悪い』感十分だった。
顔色は真っ白。血の気のかけらもない。背もたれに軽くそえた手にも力がなくて、病院に行った方がいいんじゃ、と心配になった。
「大丈夫よ。雅章くんがいてくれればすぐに回復するわ。あなたは私の本体だもの」
理屈はわからないが、そういうものだろうか。
ミヤビはおっくうそうに両手をついて身を起こした。くつろげた巫女装束のあわせから、両腕に圧迫される重たげな乳房がのぞく。
「そばにいてくれる?」
うるんだ瞳で上目遣いにねだられて、正気でいられる男はそうはいるまい。
鏡を見れば自分も同じ顔の女なのは重々承知の上で、俺はふらふらとソファに近寄った。
心拍数が上がっている。俺は誘われるままソファに深く座り、やわらかな腿にミヤビが頭を埋めるのを固唾を飲んで見守っていた。
向こうを向いて横向きの姿勢におさまると、彼女は深く息を吐き出し、じっと動かなくなった。
えっ、寝た?
何が起こるのかちょっとドキドキしていた俺は拍子抜けしてしまった。
だが疲れきったものを起こす非道はできない。仕方なく、脱力して枕に徹する。
斜め後ろからの、顔の見えないこんな角度でも造作の完璧なのがわかる。
流れ落ちるつややかな黒髪と、のぞく白い耳朶。
誓ってヘンな気を起こしたわけじゃなく、俺は貝殻のような耳元にそっと手を伸ばした。
しかし俺の手は彼女に届く前にぎくりと止まった。
理由は腿に感じた違和感。
寝ついたとばかり思ったミヤビが、すりすりと太腿を撫でだしたのだ。
「んっ…ミヤビ、おいこら何を……」
お前はうちのじーさんか!
ゾクゾクするのを必死でこらえて叱りつける。すると彼女はおかしそうにクスクス笑った。
「気持ち良い」
「あのなあ……」
人の気も知らないで、と苦言を呈する前に、彼女はよいしょと仰向けに体をたおした。
目が合う。
深い深い黒い双眸。
全く同じ顔だとわかってはいたが、のぞきこんだ瞳の湛える色は深遠だ。元は同じ魂なのだと言われても、何かが決定的に違うのは一目見ればすぐにわかる。
それは年月や叡智なのだと以前会ったときは思ったのだが……
俺はその違いの感じを言い表す言葉を探した。
無垢、純真、違うな。無垢ではない。汚れを知らないだけの純真とはわけが違う。
……純粋。そう、純粋だ。
混ざりもののないまっさらな感じ。何かの欠けた……
「雅章くん、少し変わったみたい」
見つめ合ったまま、不意にミヤビが口を開いたので、俺は慌てた。
「な、何が?」
彼女は白い指で俺の頬に触れた。